
書評
|
☆☆☆☆☆ |
| こんなに凄い本を書いた小島剛一という人は、その後どうなったの
か? これだけの観察力と調査力、遂行力なのだから、当然次にも期待してしまう。 そうして、15年が経ってしまった。HPを検索しても、ヒットするのは本書だけ。「小島剛一」は今どこで何をやっているのか。 とはいえ、海外で小島剛一に出会っている旅行者や、海外在住者は割といそうで、そうした人のHPに、僅かばかり、小島氏の近況をしのぶことができる。あ るHPに、小島氏の談話が引用されている。 トルコは「旅行するには素晴らしい国だが、住みたくはない」国とのこと。そうして、今もあちこち僻地を旅行しては、少数民族言語の調査をしているようであ る。どうもそのかかれぶりからすると、本人は、論文をせっせと書くことよりも、調査自体が好きなようだ。(例えばこことか、ここを参照(移動後、小島剛一で検索して ください)) 略歴によれば、著者はもう60歳のはずである。そろそろ身を落ち着けて、次の著作も出して欲しい。 本書は、トルコ東部の言語事情や、民俗抑圧政策の実情だけではなく、言語学のみならず、民俗学のフィールドワークの事例であり、紀行文であり、スパイ小説 のようなスリルがある。これまで5回は読み直しただろうか。何度読んでも面白い。 |
|
☆☆☆☆ |
| 夢枕獏の16世紀の実在の建築家の生涯を描いた「シナン」を読みまし
た。この人、日本語版のWikipediaにも記載がないのですが、
1488~1579/1588年まで生き、40年間くらいオスマン朝の主席建築家であり、生涯に400以上の建築物を残した、とされる当代きっての著名人
の一人だったようです。シナンという、そういう人がいることは知っていましたが、夢枕獏が描いた、ということで、かなり特殊な作品なのかなぁ、と思って読
んだら、実に正攻法な描き方でちょっと驚きました。シナンの生涯の特徴は、以下の点にまとめられるのではないかと思います。 -長命 -モスクの建設は50歳を過ぎてから。生涯80とも97とも言われるモスクを設計 -イスタンブールのスレイマニエ・ジャーミー、エディルネのセリミエ・ジャーミーを設計 -元々キリスト教徒で、デウシルメで徴発され、オスマン政府に参加 夢枕獏の小説では、ハギア・ソフィアを超えるドームを建設することを終生の目標としていた、として描かれています。そのハギア・ソフィアのドームは直径 31メートル。ローマのパンテオンや、サン・ピエトロ大聖堂がそれぞれ43m、42mなので、近代以前の建築物でハギア・ソフィアのドームが最大だったわ けではないのですが、壁ではなく、柱で支えられた建築物としては、ハギア・ソフィアが最大だったようで、シナンはそれを超えることに拘ったようです。シナ ン建設の大ドームは、それぞれ、 -スレイマニエ・ジャーミー(1557年竣工) 26m -セリミエ・ジャーミー(1575年竫工) 32m となっています。 小説の方は、また色々注文を出すと辛口となってしまうのですが、感動したのは、ラストシーンと作者によるあとがきの部分です。NHKの取材旅行でたまたま 目にした、エディルネのセリミエ・ジャーミーの感動が、作者をして、これまで手がけたことのない歴史小説、しかも馴染みの殆どないイスラムの歴史小説を書 かせた、という部分。「感動の産物」という点に、何よりも本書の価値が見受けられます。まぁ、小説としては、人物が描けていない、とか、シナンの意識も抽 象的・観念的な描写が多く、ものすごく読みやすいのですが、一方で深みが足りない、とはいえますが、世界史ファンでもない限り、日本人にあまり馴染みのな いスレイマーンの時代を色々知るには、丁度良いポータル小説になっているとおもいます。人物、各地域情勢、オスマン朝の制度や、宮廷など、楽しく読み進め ながら知識を身に付けることができると思います。全体としては歴史物語な描かれかたですが、ラストシーンは「小説的」な描き方となっていて、一番印象に 残った場面でした。他の方も記載されていますが、陰の主人公はハギア・ソフィアです。主人公がその、ハギア・ソフィアを超えることができると確信したと き、主人公はハギア・ソフィアから解放され、自分の人生を取り戻したようにも感じます。ラストシーンではシナンがはじめて、「人間」として登場している気 がしました。 読み終わったあと、確か、ブルガリアのソフィアにあるジャーミーもシナン作だったけ、と資料を見返してみたら、その通りでした(シナンか、または他の者の 可能性もある、との記載でしたが)。 3/Dec/2006
|
|
北海道大学ペルシア語研究会 ☆☆☆☆☆ |
|
ナースィレ・ホスロー(1003年頃~1089年頃「ナーシィレ・フ
スラウ」は中世ペルシア語発音だと思われる。「ナーセル・ホスロー」の方が一般的)
は、ガズニー朝~セルジューク朝時代のバルフ出身の人で、40を超えてから、ファーティマ朝下のカイロや、エルサレム、メッカなどを7年に渡って旅した旅
行者です。中央公論社の新版世界の歴史8巻の「イス
ラーム世界の興隆」
に、当時のカイロの描写のところで、ちょっと出てきていて、「ふーん。そんな人いたんだ」という程度の認識だったのですが、たまたまホームページ上の翻訳
を見つけたので読んでみました。普通の書籍にしたら、150ページ程、ゆうに1冊の書籍になるくらいの、全訳です。中身はだいたい5部の分かれています。 17/Oct/2006 *「史朋」35号2003年2月号掲載の訳注にて単位を確認。 ガズ(gaz)= 95 cm 説と68cm説があるとのこと。 アラシュ(arash)=64cm説があるとのこと。 イスバア=腕尺の1/24、2.078cm説と2.252cm説があるとのこと。1ラトル(ratl)=300ディルハム(公定レート)。 1ミールは1/3ファルサング。バルクーク(ブワイフ朝のアブドゥッダウラは100kg、イル汗国のガザン汗は83.3kgと定めた。 |
|
☆☆☆☆☆ |
|
これまで誰もレビューを書いてなかったなんて、ちょっと信じられません。ここに登場する各人は、それぞれ史上に大きな足跡を残しながら、伝記的記載となる
と、世界の歴史全集の中の記述に埋もれてしまう人が多いのではないでしょうか。 この書籍の特徴は4点あると思います。 1.各帝王誕生の時代背景として、時代の区切りとなる前時代について説き起こしているので、その時代の歴史について、簡単に理解することができる 2.世界史全集では省かれがちな、前半生についても、きちんと記載されている。例えば唐太宗が戦陣で、項羽ばりに先頭に立って戦った騎士時代の話など 3.当時の国際関係の意識を図る記載が多々見られること。例えばアショカ王では、王がセレウコス朝や、プトレマイオス朝、マケドニアなどへの派遣した使節 に言及し、当時の国際意識を垣間見ることができます。始皇帝の項では、シナの語源について中央アジア説、南方説などを検討しています。 9人のうち5人が中国皇帝であるけれども、それゆえ、東洋史というと、中国史に注目が集まり勝ちな中で、インド史上の2大帝王、中央アジア史上、イラン史 上最大の支配者にも注目を与える機会を提供しているという点で、文庫本としては、非常に非凡な書籍だと思います。内容は非常に充実していて、作者は、書き たいことを殺ぎ落とすことに労力を使ったのではないか、とさえ思える程熱意と充実を感じます。 欲を言えば、古代イランの帝王ダレイオス、ホスロー1世、インドのサムドラグプタ王なども入れて欲しかったところです。できれば続編を出して欲しかったと 思います。 22/May/2006
|