
書評
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| という題名の方が相応しい内容と配分です。一見中国史を含んだ、東アジアの簡略史かと思えるような題名。類似本が沢山あるような題名ですが、内容は中国周
辺民族の話。中国史で扱われている周辺民族史の話を読んで、「その先をもうちょっと」と思ったところの内容が扱われているのが、本書と言えます。周辺民族
それぞれを深く扱った書籍を何冊も読むほどのことは考えていないが、もう少し知りたいと考えている向きには丁度良い書籍なのではないでしょうか。その意味
で、題名と反して、以外に類書は少ない分野を扱った書籍と言えそうです。
一応唐宋元明まで扱われていますが、2/3は、漢から南北朝まで。記述が明代で終わっているのは、堀氏が執筆中に急逝されたからとのことですが、清代まで書かれていたとしても、分量的な配分はあまり変わらなかったのではないかと推測されます。 堀氏は昭和の大学者という印象がありますが、平成以降の新しい業績も良く取り入れられていて、内容的に「一昔前」という印象はありません。9章 について、殆ど原稿が空欄で、本書をまとめた重近啓樹らが、堀氏の他の著作から文章を持ってきて完成させたとのこと。本書は堀氏だけの力で成立したもので はなく、こうした協力者たちの努力により成ったことを思うと、そこはかとなく感じ入るものがあります。 そんな書籍であるからには、題名はもう少し考えられなかったのか、と思ってしまうのでした。 |
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| 人気の無い後漢時代を扱った書籍は数少ない。光武帝と末期三国志に連なる時代以外は、最盛期でさえ殆ど注目されない珍しい時代。後漢。漢代を扱った書籍と
いうと、その5割は前漢の記述で、秦と後漢で2割づつ、という扱いは、西嶋定生の講談社中国の歴史旧版から、鶴間和幸新版に至るまで変化はない。20年も
統一してなかった秦と同じ程度の分量とは、後漢って一体どんな時代なのだろうかと、詳しく知りたい人のための基本文献「後漢書」の邦訳でさえ全て出版され
ていない状況とあっては、興味を持ってもその先がなかったのがこれまでの状況ではなかろうか。
本書は、専門書ではあるが、現行日本で出版されている後漢書書籍としては、もっとも一般書に近いといえる。統一後光武と明章の初期3代、和安の 中期2代、順桓の後期2代毎の中央政権とそれぞれの時代毎の地方社会が記載され、題名通り、統一時期150年の後漢時代の政治と社会が描かれている。後漢 時代は、社会に知識階層が誕生し、その後2000年続く中国社会の形が整った重要な時代である。本書では、全土各地に学校があまねく建設され、各地に知識 人社会が形成される様が描かれる。当時の墓には、日常生活風景を描いた画像壁・壁画・家屋や農村の陶器が残り、社会が急速に高度化した時代であること遺物 によってもわかる。唐宋の変化に匹敵する、中国の歴史の分水嶺とも言うべき時代である。もっとポピュラーになっても良いのではないだろうか。 本書は、金額も8755円と高価だが、古本は3000円程度と手頃な価格に下落してきた。より多くの人に読まれて、三国志の前奏としてではなく、後漢時代そのものに、もっと関心が高まって欲しい。 |
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| 明治時代の知識人達が、日本のアイデンティティをどのように捉えらえていたかについて論じています。しかし、本書の内容は、当時の知識人の認識は、日本
は「アジアか欧米か」という前向きな議論であるよりも、中華圏か欧米圏か、という論議となっていて、「中国は酷い。こんなやつらと一緒であってたまるもの
か」という後ろ向きな観点で「日本はアジアでは無い」、という方向に行ってしまっていた、ということのみが強く印象に残る書籍となってしまっているように
思えました(ちゃんと欧米と日本の共通点を評価している部分もあるのですが)。更に印象的だったのは、現在の反中国派の方々が持つ中国人蔑視の諸観点と、
明治時代の清朝人蔑視の諸観点が、ほとんどと言っていいほど共通している点です。これはつまり、
1.現在の日本の反中派の中国人蔑視の諸観点は、明治時代に形成されたものがそのまま引き継がれ、再生産され続けている 2.明治時代も今も、中国社会の本質に変わりは無い のいづれかか、或いは両方であるということを意味しているのではないかと思います。 このように、現在でも盛んに行われている、日本は東アジア圏か、欧米圏か、という論議は明治時代からあり、特に中国蔑視の筆頭とも言える論客が福沢諭吉であったことに驚きました。ところで、同じ世界史リブレットシリーズの朝鮮からみた華夷思想 (世界史リブレット)で も、明朝時代の中国を訪れた朝鮮人の役人が、賄賂の横行や、北京最高学府の荒廃ぶりの指摘が引用されています。この朝鮮の件と明治日本の共通点は、中国文 化の最も優れた部分のみに注目し、それが全てだと思い込んでいるために勝手に幻滅している、という点にあるように思えます。これは、19世紀初頭、ギリシ ア独立運動に参加した西欧人が感じた幻滅にも共通するものであるように思えます。つまり、本書を読んでの結論は、「幻滅するものと一緒にされたくない」と いう心理がアイデンティティ問題には必ずつきまとうのかも、と思った次第です。 |
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六朝時代の江南地方(現蘇州・安徽南部あたり)に関する遺物・遺構を扱った書籍です。本書は中国で出版された「六朝叢書」のひとつ。日本では一般書として は、六朝時代を専門に扱った書籍自体が少ない上に、更に遺物と遺跡に絞るとなると、かなり読者層は狭まるように思えますが、内容は丁寧でわかり易く、章立 て、分量も適切で、読むというより、六朝文化について調べたい項目があった時に辞典として利用すると丁度良い書籍と言えそうです。大よその章立ては下記の 通り。 -都城遺跡 -青瓷器(青釉陶器) -陵墓と石刻 -墓碑 -墓誌と地券 -金銀来器・瑠璃・玻璃・銅銭・その他宝物 -仏教寺院遺跡 作者の序文に「西洋の学者は、建康を代表とする六朝文化が、同時期の古代ローマ文化とともに、人類の古典文化の二大代表であると考える」と書かれ ていて、そこまではどうかと思ういますが、「この時期には日本は既に国家を形成し、六王朝との関係が密接」という部分は我が国としては重要だと思います。 古代日本は隋唐の影響下に形成されたという印象が強いですが、実はその前の六朝時代から交流が頻繁で文化も移入されていました。漢字の呉音も六朝からの伝 来ですし。この意味で、六朝時代への関心がもっと深まっても良いのではないでしょうか。本書はその一助となる書籍となると思いますが、これ以外に、初心者 もとっつきやすくする為の、六朝を対象とした一般向け書籍がもっと出てもいいのではないかと思います。叢書の他のシリーズも知りたいところです。 難点を言えば、日本に馴染み薄いことから、文物については、カラー書籍の方が良いいのではないかと思います(本書は原書が白黒なのでどうにもな らないと思いますが)。また建築物復元図などもあった方が良かったかと思います。一般向け部分が少なく、解説に徹している点を、辞典的と見た次第です。 |
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「宗教」というと、何故か教団、教義、聖典、開祖、教主が思い浮かんでしまう。日本人にとって身近な仏教や、知識として身近なキリスト教がそのようなもの だからだと思う。イスラム教やユダヤ教でも、教団や教義、聖典、開祖は直ぐに想起される。でも現在の教主ってだれ?と考えると、知らない方も多いのではな いかと思う。仏教についても、実は日本の教団だけの話であり、全世界的な仏教のリーダーや聖典が思い浮かぶ方がいるのだろうか? 道教についての解説書としては、道教 (東洋文庫 329)や松本 浩一「中国人の宗教・道教とは何か (PHP新書)」など他に良書があり、それらを読んでいないので、比較の上での本書の良し悪しを論じることはできないが、本書を読んで気づいた点は、世界 的に信者の多い宗教に限っても、冒頭に記載した「宗教定義セット」の殆どがなさそうな民族宗教(ヒンドゥー教、道教)の方が多いのではないのか、という点 である。恥ずかしくもこんな点に気づかされた。本書は、キリスト教のような連綿とした教団・教義の歴史が無い、様々な時代・地域の民間現象が、「道教」と いう枠組みでいかに整理・統合されてきたかを簡便に纏めてくれている。 また、宗教の歴史では、どうしても教義に立ち入らざるを得ず、記述の配分を誤ると諸派の教義の迷宮に振り回されかねないが、この点歴史記述の軸がぶれずに展開している(教義に詳しい方には不足感を与えるかも知れないが)。 中国を旅行すると、各地で道教ゆかりの施設に出くわし、その存在感に道教への認識を改めざるを得なくなるが、全国関連地図も掲載されていて、一 応全体像は把握できる。明代以降が若干もの足りないが、観光ガイドの延長線上で道教の歴史や施設に興味を持った方には適していると思います。 |
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井上祐美子作 「柳絮」 |
| 東晋の謝一族の女性文化人である謝道蘊が主人公。中国の歴史を扱った小説としては珍しく一人称小説です。書評や時代背景情報は、Amaznや、こちらのサイトが参考になります。 1999年の出版なのに、最近まで存この書籍の在自体を知りませんでした。井上律子氏の「破壊の女神」 にで謝道蘊の存在をはじめて知ったのですが、この小説に登場する謝道蘊は、「破壊の女神」で植えつけられた印象そのままのイメージ。一人称で書かれた中国 歴史小説がレアであるためか、新鮮で楽しく読めました。作品の深さや迫真度は、一人称歴史小説の最高峰ともいえるユルスナール「ハドリアヌスの回想」と比 較するのは難しいとはいえ、本書では、つぎの2点が、私にとって有益でした。 1.事件・人名の縦横のつながり この時代 については、歴史書を読んでも、切れ切れな時代・事件の集まりとしか感じられず、一貫した時代像を描きがたいところがあったのですが、本書のおかげで、各 事件・人物が、縦横ともによくつながりました。東晋建国時の宰相王導は、書聖王義之の一族であり、謝道蘊と、その夫の王凝之によって謝氏一族ともつなが り、詩人の謝霊運は謝道蘊の弟の孫であるなど、これまで個別に記憶していた歴史キーワードがつながりました。こんなことは、いままで読んだ歴史書にも書か れていたことだと思うのですが、一族や、名族それぞれの関連は、なかなか頭に入ってこないところがあったのです。本書のおかげで、4世紀初から5世紀初ま での東晋の事件、人物がかなりつながりました。桓温から桓玄の流れもやっと掴めた感じがします。 2.貴族について これ まで貴族と豪族、官僚を輩出する名家の違いというのが、なかなか実感として理解できないところがあったのですが、役人としてあまり有能ではない王凝之が、 会稽の長官になっていたり、桓温死後、西府軍が、桓一族に自動的に継承されてしまったり、名家の興隆と没落に向かう時期の意識など、この時代の貴族のあり 方が、歴史書よりも掴みやすい感じがしました。 また、当時の部屋のつくりから、侍女や使用人を介して、貴族の挿話が民間に漏れ出て「世論」のようなものの形成プロセスが描かれるなど、事実はどうあれ、往時の社会をリアルに感じることができました。 小説の最後には、後に宋の皇帝となる若き劉裕が登場しているのですが、劉裕の晩年から5世紀末まで、および6世紀初から、隋による統一までの南朝を描く他 の小説を読んでみたくなりました。 皇帝など政治の中心ではなく、本書の謝道蘊のように、中心から少し離れたところの人物を主役にした、大河物語を読んで みたい。異なった作者でもよいので、誰か書いてくれないでしょうか。 13/Mar/2008
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| 日本で出版・販売されている、他国の歴史地図本の中では、もっとも詳
しい歴史地図なのではないでしょうか。カラーで印刷も紙質もよく、この出来栄えならこ
の値段も高くはないかな、という感じ。本屋で見て、ちょっと買いそうに、ぐらっときてしまいました。これだけファンのいる中国史でさえ、ここまで詳細で立
派な歴史アトラスは、恐らくこれまで日本で出版されたことは無いのではないかと思えます。原書房から出ている、古代ローマ詳細な歴史地図でさえ(「ギリシ
ア・ローマ歴史地図」)、詳細度はともかく、クオリティでは及びません。 それにしても、本屋でぱらぱらとめくっていて、幾つか知ったことが。 −渤海国って、韓国史だったんですね。 −渤海と新羅の時代は、「南北国時代」として一括して呼ばれていた -千里長城というものの存在 などなど。隋や唐の遠征軍の進路なども詳述されていたり、高句麗の王城図があったり、歴史地図としては、完成度が高いように思えます。本屋でこれをめくり ながら、「このクオリティのイランの歴史地図があったら、1万円でも即買いするのに」などと、虚しく思ったのでした。いつか立派なイランの歴史地図が出版 されるまで、生きていたいものです。 25/Nov/2006
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| 中国史というと、2000年もの間伝統的に史書が書き継がれて来たこ
とに幻惑されてか、みな史書を読んでいるので、伝説や伝承など、史書が存在していなかった先史時代のことだと、理由もなく思い込んでいました。ついぞ、史
書とは異なる民間伝承の世界が、史書に詳述された歴史時代に入っても華やかに展開していたなどとは思ってもいませんでした。 本書はそうした先入観を打ち砕くインパクトのある研究書である。著者自身、私が本書から受けたインパクトを、中国留学中に受けている。その時の衝撃はあ とがきでも触れられているが、その衝撃を原動力に、明代後期に一気に開花した中国歴史小説群成立の展開を、その源流を追いかける記述は、スリリングである とともに、著者の衝撃と、衝撃に刺激された探究心が ひしひしと伝わってくる記述となっている。 本書は中国留学中、筆者が出くわした、史書ではあまり有名ではない、これといって特徴のない人物・英雄が中国民間では著名なヒーローとして演劇・エン ターテイメントの世界で生き生きとした存在感を示し、史書とはかけ離れた伝承/伝説が生き生きと民間の世界で活きていることから、そのような伝承がどのよ うに成立していったかを追う探求の足跡といえる。それは明代後期に出現した、周代から宋代まで連綿と存在する中国歴史小説の成立史そのものである。本書 は、これまでの私の中国史理解がいかに史書の周辺を巡る解説に終始していたかを思い知らせるとともに、広大な伝承・伝説の世界の存在の岸辺に、導いてくれ た画期的な書物となった。 特に、後漢を建国した劉秀が、建国に功のあった二十八武将を誅殺し、自身も狂死し、天界に帰る。誅殺された二十八武将が600年後に下界に再臨し、同時 に再臨した劉秀の化身である李世民と敵対する勢力に化身する、という民間の物語には ひたすら衝撃を受けた。こんな世界があったのか! 5/30/2004
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| 最近続けて2冊、中国史像に影響を与える本を読んだ。一
つは小松謙氏「中国歴代小説研究」(汲古書院)、もう一冊が本書である。小松氏の本を読んだ結果、通常中国史のイメージを決定ずけてきた要因が、実は明代
に成立した中国歴代歴史小説にあり、更にそれら歴史小説のルーツが宋元代に民間で行われてきた演劇や講談にあると思うに至った。そうして、井波氏の作品か
らは、明代歴史小説から取りこぼされている中国史にも、まだまだ面白い材料・興味を引く人物が多々あり、更には日本であまり知られていない小説などが数多
くあり、今自分が知っている中国史はほんの一部に過ぎず、広大な部分がまだ圧倒的に残されていると思うに至った。 例えば、 前漢前半期の王朝では呂后に限らず代々皇后はいかに強かったか 東晋代の謝道薀、唐代薛寿、魚玄機、宋代李清照、明代柳如是などの知識人の存在、 「楊家将演義」という「水滸伝」と並ぶ娯楽小説や「聶隠娘」などのスーパーヒロインが活躍する数々の伝奇小説の存在 などなど、コンパクトな書籍ながら、目から鱗が落ちるような充実した内容に、中国史についての世界がものすごく広まりました。 「どうせ妲姫、呂后、則天武后、楊貴妃、西太后などおなじみの内容だろう」と侮ってかかったがため、大きく期待を裏切られ、とっても儲けた気分になりまし た。 5/23/2004
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楽しい本である。私が不勉強なだけなのだが、中国文学というと史書、思想書、実用書、受験で学ぶような文学が中心だと思い込んでいたため、まずは通俗文学
の歴史が意外に古く、作品も多いことに驚きました。ただ古典通俗文学というと六朝唐宋伝記や聊齋志異という怪異譚・超常現象という連想だったので、今回井
上氏によって「ミステリー」という枠組みでくくってみると、確かに中国では怪異譚が含まれているものの犯罪小説の歴史が深いことがよくわかる。そうした眼
で見てみると六朝唐宋伝記もミステリー風味がないこともない。そうした漢魏六朝唐宋伝記にさかのぼるミステリーの系譜を連綿とあげつらい、数枚という短い
頁にそれぞれの小説・小話の粗筋の紹介を収め、これを肴に あれやこれやと論評しよう、という肩の凝らない、気軽な これも一つの中国文学史。もっと勉強
したい人も、筋の要約だけ手っ取り早く知りたい人にもお薦めの書物。 2/11/2004
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| 新書ではないので、通勤中に読むには重く、内容も濃い。しかし、章立
てが適切で文体も平易な為、素人でも新書的気楽に読める点がよい。価格は若干高いが、それだけの深さ、密度を持っている。 内容は、古代から近代までの中国出版事情である。これに類似した書物はこれまで幾つかでているが、(中国古代書籍史 法政大学出版、中国書物物語 創林 社など)それらの内容も含む観があり、また題名を忘れてしまったが(取りあえずA書)、ほぼ同時期に出た中国人の、同じテーマを扱った、同じ価格帯の書籍 よりも抜群に良い内容である。例えば、後漢の「論衡」の著者王充が若い頃、市場で書籍を読んでいた、という後漢書の記述について、A書では軽率にも「後漢 に本屋があった」と言い切ってしまう。自国賛美的で学究的冷静さを欠いた、内容の浅さが目に付くが、井上氏の著作では「市場に本がで回っていたことは間違 いないが、本屋であったとは言えない」 更に前後の時代の分析を進めて、本屋の登場は南北朝後期から唐時代、と位置付け、しかもその本屋は現代的な意味で の本屋ではなく、その差異を実証的に追求する姿勢は冷静かつ丁寧で好感が持てる。 通常のこの手の著作は、科学的側面から、書籍や紙の成立を追う著作は多いが、本作は、著作者だけで生活が成り立つ時代はいつからか、コピー 本、表現の自由、著作者の権利、著作者の意識、蔵書書籍の量など、最早情報の流通全般を扱うかのように、出版と書籍について多角面から検討している。各時 代の記述分量もバランスがとれている。こうした身近な生活の事象を切り口として各地域それぞれの歴史を語る書物は、今後もっと増えていって欲しい。 2/9/2004
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☆☆☆ |
| 中世以前の中国史というと、もっぱら書籍中心の資料に依存し、考古
学資料は少ない。政治や宗教資料はあっても、古代ローマのように、キケロやカエサルのような旺盛な著作者や、アテナイオス、ユウェナリスのような市井の著
作者が非常に少なく、ポンペイのような遺跡もない為、市井の生活となると資料が非常に少ない状況である。このような中で近年北部砂漠地帯や、本土の墓地か
ら発見される木簡に記載された文書は、当事の法律や人々の生活に関する情報を与えれくれる貴重な資料となっている。 本書は、中国西北部、甘粛省河西回廊のエチナ河流域の長城防衛施設跡で発見された、木簡に記載された内容から、辺境の防衛や、辺境に生きる市井の人々の 生活などを探求した数少ない書物である。従来木簡に関する書物は、学術出版に限られ、高額で、しかも素人が容易に手を出せないレベルのものしかなかった が、本書はここ数十年の調査成果に基づいて、ほぼ最新の研究内容から、前漢末から後漢初の辺境の兵士の生活や給料、行政や軍事の仕組み、市井の人々の生活 などについて 各章テーマ毎に分類して手際よく記述している。漢書や後漢書だけでは分からなかった行政機構や給与、裁判の仕組みがわかったり、または両史 書の記述を裏付ける記載が発見されるなど、木簡研究の成果が中国史に与えたインパクトは計り知れない。 冒頭では、スタインやヘディンなど、前世紀末から今世紀初頭の中央アジア探検と木簡の研究史の概略・エチナ河の自然などを俯瞰し、あとがきでは、スコッ トランドの古代ローマ長城遺跡、ヴィンドランタの発掘内容にも言及し、比較アプローチに言及するなど、うっかりすると木簡の内容の羅列に終わってしまい、 退屈になりかねない内容を 全体としてうまくまとめている。 2/9/2004
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