10/11/2003

書評


「夢想の中のビザンティウム」
根津 由喜夫
☆☆☆☆☆
 
 この書籍、新刊(4200円)で購入したのですが、今アマゾンで見たら3000円。。。。因みに井上浩一氏の「ビザンツ文明の継承と変容」も、アマゾンでは890円。。。。ちょっと早まったと後悔。。。。無駄遣いをしてしまいました。。。
 
 とはいえ、本書は結構面白かったです。4200円は少し高そうですが、現在の中古価格3000円は手頃な価格に思えます(興味のある方だけにだけど)。
 ビザンツそのものを描いたわけではなく、12世紀仏文学を通して、外部のビザンツに対するイメージを置きかけているわけですが、それも、「ビザンツ世界」なのだと思うのです。

  ビザンツと西欧との関わりというと、中世前半はイタリアを、中世後半は十字軍を巡る政治・外交・軍事史が一般的だと思います。本書の対象も十字軍の時代な ので政軍交と無縁ではないものの、政軍交を下地に培養された西欧人の心性を、仏文学をネタに探求しているところに特徴があるものと思います。斬新というよ りも、なんでこうした研究が従来から多く見られなかったのだろうか、と思えるのですが、本書の白眉は、このようなアプローチの妙以外に、12世紀仏文学作 品の中に描かれた第四回十字軍へと至った西欧人のビザンツへの心性の探求という著者の知的遍歴に読者を誘う文体にもあると言えそうです。

 知的探求の題材となる作品は下記4点(内容がイメージし易いように主人公を付記しています)。

「ジラール・ド・ルシヨン」−9世紀ロタール王国の宮宰ジラールと2人のビザンツ皇女
「シャルルマーニュ巡礼記」−ビザンツ皇帝ユーグとシャルルマーニュ
「クリジェス」−アーサー王宮廷のビザンツ騎士とドイツ皇女
「エラクル」 −ヘラクレイオス帝と皇后アタナイス

  これら作品の成立過程を追ううちに、背景となった政治状況や十字軍の影響が見えて来ることになるわけです。中世前半の西欧(というよりフランキアと言った 方がしっくりくるくらい時代の空気が良く出ている)とビザンツの間は王と皇帝という上層部間だけ、及びイタリアを巡る政策ぐらいの関係だったのが、中世後 半では、下級騎士も参加した十字軍とハンガリーがキリスト教化したことでイタリア以外のルートが開け、フランキアとビザンツ間の通行が拡大したことから、 民間にまでビザンツへ情報が伝わり、ビザンツへの関心が掻き立てられてゆく様子が見えてくる状況を、著者とともに追いかけることになっています(とはい え、それは夢想のビザンツであるわけですけれども)。
 それにしても、中世前半の西欧は、封建諸侯に細分化された孤立した狭い世界だと思っていたのですが、実は一貫してビザンツの周辺世界であり、その意味でビザンツ世界の一部だったのかも、という気にすらなってきました。
 政治史以外に、経済や社会史が重要だと思っているのですが、それ以上に人々を動かす心性というものも重要だと思うのです。最近では、本書のような、時代の心性を発掘する研究を、もっと読みたいと思うようになってきているのでした。 

28/Nov/2009


ロ シア中世都市の政治世界―都市国家ノヴゴロドの群像
松木栄三
☆☆☆☆
 
 中世ノブゴロド最盛期300年の専門的分析を、「物語ノブゴロド」の 歴史風に描いています。1章約70ページで全五章。配分もいい。12世紀末から15世紀末まで、各時代の主人公を中心に、ノブゴロドの歴史と政治、経済、 社会体制を追求してゆきます。「物語」的な軽めの部分と、専門書的な追求の部分が、ほどよく融合していて、著者は、「書ける」学者なのではないかと思いま す。各章で扱っている内容は下記の通り。

12世紀末から13世紀初 絵師グレチン
13世紀初から中盤 アレクサンドル・ネフスキー三代
14世紀中盤 大主教ワシーリイ
14世紀    貴族オンツィフォル一族
15世紀中盤から後半 女性市長マルファ

 それぞれ、役職が異なっている点は、史料的制約、あるいはその時代の焦点の移り変わりを意味しているのかも知れませんが、読者をあきさない構成となって います。中世ロシアというと、勃興期から、11世紀最盛期までの歴史はよく目にすることができるのですが、11世紀後半から、イヴァン雷帝時代前夜まで は、状況がわからないことが多く、なかなか時代像が描き難い面があります。本書の外交に関する記述では、この時代の状況もある程度知ることができます。 14世紀東欧は英主を輩出し(ポーランド、チェコ、ハンガリー)ましたが、この世紀は、リトアニア、モスクワも同様に発展し、ロシアの2大勢力となってい た時代像が描けるようになりました。

 また、歴史地図帳を見ながら、ノブゴロドは都市国家なのに、なぜこんな大領域を持っているのだろう、しかも極北の地に、などと思っていたのですが、長年 の疑問も氷解しました。著者の正確で、落ち着いた筆致と配分にも好感が持てました。メジャーなところだけ厚く、マイナーなところは薄いむらのある歴史叙述 は小説や映画ならばよいのですが、歴史書にはふさわしくないと考えており、この点からも好感のもてる書籍となっていると思います。
 
 それにしても、私が無知なだけとはいえ、色々知らなかったことが多く、驚くことが多かった書籍です。例を幾つか挙げてみます。

1.アレクサンドル・ネフスキーは、エイゼンシュタインの映画の影響が大きいからか、西欧カトリック勢力からロシアを守ったイメージが強く、氷上の戦いと 同じ年にモンゴルが侵入しているのにどうなっているのだろうか?と思っていたら、父親のヤロスラフの時代から、カラコルムへ何度も出向いていたこと。なん となく、英雄というと、民族の存亡をかけて、侵略者と徹底的に抗戦したイメージがあるのですが、随分イメージが変わってしまいました。圧倒的なモンゴルの 支配の前には、どうにもならなかったのだとは思いますが。しかし、当時のロシアの公の多くが、カラコルムに行っていたとは驚きです。この段階で、中国に関 する情報が、なぜもっと豊富に欧州に齎されなかったのか不思議です。

2.イヴァン3世によるノブゴロド征服の実態が、貴族と市民を根こそぎモスクワや他地域へ移住させ、他からの住民と入れ替えてしまい、物理的破壊はなかっ たものの、真の意味で、「中世ノヴゴロドの滅亡」となっていたこと。

3.通常の戦争は、春から秋に戦われるが、この地域の場合、夏は湿地だらけになるため、冬に出陣する習慣だったこと。ナポレオンのモスクワ侵攻での、冬将 軍にエピソードなどから、ロシアでも戦争は夏にするものだと思い込んでいました。

4.分裂後のキエフ公国は、ロシア世界としての一体性を持っており、当時の公が、官僚のように短期間で公国を転々としていて、目指す最終的な出世目標は、 キエフや、ウラジミール大公だったこと。この時代のロシアの公は、中国唐代後半の節度使よりも、役人に近いような気がしなくもありません。

5.マルコポーロなど、殆ど単身でモンゴル帝国を旅した旅行者のイメージが強いため、教皇の使節カルピニが、カラコルムへ赴いた使節が、多人数の従者を連 れた大使節の一行というイメージがこれまでありませんでした。考えてみれば当たり前なのですが。

このように、様々な興味を新たに書き立てられた書籍となっています。
著者の「歴史学の専門論文と一般読者向けの書物との間の隔たりをもう少し縮める工夫」は、成功しているものと思います。

ところで、史料として利用されている、「ノブゴロド第1年代記」「モスクワ年代記」などの一覧と解説があると、もっとよかったのではないかと思います。本 文中、度々言及されている史料の性質、成立年代などの情報は、本文の理解をより深めることになるものと思います。

05/Nov/2007
 

紙と羊皮紙・写本の社会史・ 箕輪成男
☆☆☆

 

 古代メソポタミア、古代ユダヤ社会、イスラーム、ビザンツ社会の出版状況、書店、書籍の価格、識字率、人口、写本、印刷、蔵書数など、上記各社会の「情報流通の社会史」を描いた点で得がたい書籍となっています。また、多くの場合、各時代・社会毎に資料不足があり、均一の情報を揃えられないことが多いのですが、本書は、断片的な情報からできる限り均一の情報を揃えるように努力しており、社会史に必要なデータのフレームワークを示した点が◎。上記2点だけでも本書の価値は大いにあると思うのですが、注釈が少なく根拠の無い記述が多い点が残念です。

 

 以下の2点は出典が無いものの例

・ビザンツの文官率26%は、井上浩一氏の出典が記載されているが、ローマ帝国の文官率11%

・アッシュール=バニパル時代のニネヴェの人口12万人

・ビザンツの文盲率は90%

 

 以下は一応出典があるものの、引用箇所や推定根拠が不明なので確認が困難な例

・ヘロドトスにあるとする、「アケメネス時代のバビロンには市場がひとつも無い」との記載

・最古のパリンプセプトは5世紀

・ビザンツが紙の存在を知ったのは1100年

・ビザンツの写本に925年以前のものは存在していない

・「フィフリスト」に記載された書籍のタイトル1000点

・ビザンツ帝国の人口推定(1000年には2000万、1100年には1000万)

 

 藤原佐世が891年に編した1590の書籍を掲載した「日本国見在書目録」や、バチカン蔵書75000冊のうち3万がビザンツ由来など、興味深い記載にあふれ、特に後半他書であまり類を見ないビザンツ社会の教育や古典保存の実情など、ビザンツ社会の情報流通・再生産・知識人の記載がされていて得がたい情報が多く有用な書籍なのですが、出典の注釈が非常に少なく、記事が筆者の筆のすさびと思える箇所が多々あり、信憑性は読物として楽しむ新書レベルに留まってしまっている点が残念。注釈をつけてちゃんとした専門書として5000円以上で売り出すか、1500円程度の読み物書籍にするか、焦点を絞った方が良かったのではと思います。



11/Feb/2010

 


最後のローマ皇帝 作品社
野中恵子
☆☆☆
 
  すらすらと一気に読めました。しかしそれは、反面、海外小説によく ある「細部の書き込み」に乏しい、ということでもあります。海外小説では、衣装とか風景をかなり細かく書き込む傾向があります。それが煩わしく感じること も確かですが、日本の大衆小説がシンプルで読みやすいのは、日本の読者にとって自明のこととされ、あえて文章に記載されない「了解事項」があるためだと思 うのです。海外小説では、これら了解事項が省かれることないため、異国情緒を表す効果をもつものだと思うのです。歴史小説でも、こうした「自明」のことで はない事項を書き込むことによって、より効果がでると思うのです。

残念ながら本書では、ラベンナの教会のモザイク画にあるユスティニアヌスとテオドラ像以上の印象が無く、若い頃も、中年のそれも、同じ印象がしました。春 といえば、春を表す細部の書き込みは見られず、「春」という言葉だけ、という感じ。「単性派」「カルケドン派」なども、言葉だけで、それがどのような内容 で、本質的に何が問題なのか、はわからないままです。登場人物の衣装も、その時々で異なるはずです。細部を描くことで、リアリティが増し、舞台効果が得ら れると思うのです。日本の歴史小説で残念に思うことが多いのは、あまり奥行きを感じることができず、登場人物の語りと筋の解説で進んでいく点にあります。 歴史小説というより歴史物語という感じです。

前代や次世代の人物、運命の綾でつながる市井の人々をチラリと出すことで奥行きが増す、というありがちだが効果的な手法もあまり見られず、登場人物が少な い点も、壮大な時代を描きながら、どこか大企業の社長一族を描いた小説、といった感じもしました。プロコピウス「秘史」を重視しない書き方はよかったと思 います。

本書は、歴史物語として捉えると、読みやすく、この時代背景や人物の理解に役立つと思います。

大分辛口となってしまいましたが、裾野を増やすためにも、どんどん日本人作家が、ビザンツやイスラムなどの歴史小説に進出して欲しいと思っています。裾野 が広まれば、やがては、重厚な小説も現れるものと思います。この点で、本書の作者にも、今後も、歴史小説にトライしつづけて欲しいと思います。

蛇足ですが、本書の企画は、ひょっとしたら、塩野七生「ローマ人の物語」がユスティニアヌス時代まで及ばない可能性が高くなったので、ユスティニアヌス時 代を読みたい読者の需要をあてこんだのかな、と思ってしまいました。

27/Nov/2006


中世環地中海圏都市の救貧
長 谷部 史彦
☆☆☆☆
 
  最前線の研究者達が、それぞれ、専門とする中世の諸地域の救貧制度 に関する研究を掲載し、読者は比較することができる、という試みである。環地中海となっているが、中国宋代の救貧論文も掲載されている。
細かくは、
 11世紀のビザンツと宋、
 14世紀のマムルーク朝治下のカイロとエルサレムとスペイン
の比較がそれぞれできる。一般読者にとっては、二つの意味で読み易いと入れる。
一つには、これら一つの時代や地域で1冊の書物となると、読むのに敷居が高いが、地域を分けて、短めの論文を併載しているため、適度な深さ・長さとなって いるため。
もう一つは、異なったテーマの論文の羅列ではなく、同じテーマで地域が異なっている、ということで比較を楽しむことができる。
 こういう試みの書籍は、今度もっと出てもいいのではないかと思う。
07/May/2006


史料が語るビザンツ世界 山川出版社
☆☆☆☆

 
 日本で出版されている多少専門的なものも含めて一般向けビザンツ書籍 は、これまで通史・政治史・周辺民族交渉史・軍事史・宗教史・美術などに限られていた感がある。社会・経済・文化、文学・庶民や貴族、都市や農村の日常生 活などに断片的に言及していることはあっても、これらを正面から扱った書物はまず無かったと言える。そんな中これらのテーマを描く書籍が少しづつ見られる ようになってきた。
 10年前の井上浩一「ビザンツ皇妃列伝」を先駆とし、昨年から尚樹啓太郎「ビザンツ帝国の政治制度」大月康弘「帝国と慈善」などが立て続けに出版され、 今年はついに修道士や知識人、庶民の生活を扱った本書が出版されるに至った。

著者は以下の切り口で、ふんだんに史料を引用して活きたビザンツ世界を紹介してゆく

-皇帝
-宦官
-修道士
-大土地所有者
-知識人
-庶民
-隣人から見たビザンツ

皇帝のエピソードも対外交渉もトルコも十字軍にも飽きた。もっとビザンツ世界に生きた人々の生活世界に触れたい。
そんな願望をお持ちの方の望みを完全に満たすとは言えないかも知れないし、その切り口で望んだ日本で出版される最初の書籍とまでは言えないかもしれない が、日本のビザンツ出版は明らかに第2段階に入ったと言える。今後ビザンツ原史料の翻訳が出版されたり、ビザンツ文学の紹介や翻訳などへの展開に結びつい ていくかもしれない。巻末の原史料一覧も非常に有用。
02/Apr/2006


緋色の皇女アンナ 徳間書店
☆☆☆

 
 ビザンツ皇帝アレクシオス一世時代の歴史書「アレクシオス伝」を書い た、アレクシオス1世の娘で歴史家のアンナ・ダラアセナの回想録。児童向け。サトクリフの古代ローマものは、大人の読み物としても、手ごたえを感じるが、 こちらは、主人公が少女であるためか、いまいち「子供向け」の色が強い筆調である。しかし、ストーリの中身は、子供向けとは思えないほど、陰険さと陰謀に 充ちている。大人向けに書き直してもいい題材ではないか、と思わせる内容。他方の書評に、皇族の話というよりも、「米国南部の地主みたい」とあったが、皇 族というより、地方領主のお話、という印象を受けた。このような印象は、建物や風景の描写が少ないことに起因しているのではないかとも思われる。まだ20 歳そこそこの少女の語る回想録なので、精神面が強く、あまり物理的な描写が少ないということなのかもしれない。そう考えると、リアルであるともいえる。
 アンナ35歳の話を17歳までのことにまとめたような内容。史実と比べると、「アレレ!?」という終わり方。しかし話としては、うまくまとまっており、 本質的には、それほど史実から遠いわけでもないので、これはこれでいいのかも。
 とはいえ、やはり、地方領主の話として書いた方が、より奥行きのある歴史小説になったように思える。
14/11/2004

秘宝・草原のシルクロード―並河万里写真集 講談社
☆☆☆☆

 
 黒海北岸からコーカサスにかけての遺跡を中心に扱った写真集。写真の 質はいいし、非常にレアな内容を扱っていて、日本では殆ど出版されたことが無い映像・遺跡が多い為、非常に貴重な写真集となっている。が、問題は価格。部 数が出そうもないとはいえ、3万3千円はいくらなんでも高すぎ。写真の質を落としてもいいから安い価格帯の普及版が出て欲しい。
2/11/2004


ビザンツ帝国とブルガリア ロバート ブラウニング (著),東海大学出版会
☆☆☆☆

 
  ビザンツ帝国というと、ユスティニアヌスやヘラクレイオ スの時代や、イスラム帝国との抗争、十字軍、オスマントルコとの抗争などの視点が注目されがちであるが、ビザンツ帝国に住む人々が全時代を通じて外交的に 直面したのは、バルカン半島におけるブルガリアとアナトリア半島におけるイスラム勢力との関係である。両者は軍事抗争ばかりをしていたわけではなく、共存 する関係にあった。とりわけブルガリアはギリシャ正教に改修したこともあって、ビザンツ世界を構成する重要な柱となっている。

 一見アカデミックな無味乾燥な目次だが、内容的には充実している。勿論概説書ではないので、かなり深い記述内容となっているが、研究論文にありがちな、 深く狭いテーマを追求した論述の羅列ではなく、きちんと一定したレベルで歴史の流れ、政治機構、農業、産業、宗教、文化、日常生活を多角的に扱っており、 非常にバランスの取れた書物となっている。

 ビザンツを扱った書物は近年増えてきているが、記述が対象がビザンツ帝国そのものであり、「ビザンツ世界」にふくまれる各国を正面から扱ったものは少な い。本書は、入門書より一歩進んで、民族の成立から第1次帝国滅亡までのブルガリアについて、政治、社会、宗教、生活など総合的に扱っている、日本語で読 める唯一の書籍と言える。森安達也氏の「ブルガリア 歴史と文化」もブルガリアの歴史概説書としては良書であるが、第1次帝国に焦点をあてた書物として は、本書が白眉であると言える。
 ただし、あまり耳慣れない地名・人名が多数登場し、入門書としては重たすぎるであろう。ビザンツ帝国史は、十字軍登場までが一つの区切りであり、中世前 半のバルカン史を概説する新書などがあると嬉しいところである。
2/11/2004

 

ブ ルガリア―風土と歴史 森安 達也著 恒文社
☆☆☆☆☆


  
 ブルガリアの歴史を扱った日本語書籍としては、ブ ルガリアの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)や、ビ ザンツ帝国とブルガリアなどがありますが、各時代をまんべんなく扱った通史書籍としては本書が一番だと思います。3書を比べてみると、ケンブリッ ジ版は焦点が近代以降にあり、古代中世の記述は少なく、「ビザンツ帝国とブルガリア」は、国家成立以前の時代から第一次ブルガリア王国時代までがテーマな ので、この時代については3書中もっとも詳細です。この2書の中間時代にあたる第二次ブルガリア王国からオスマン支配時代までの記述は、本書に求めること になります。
 
 また、ブルガリアという国はあまり日本人に馴染みが無いことから、詳細ながブルガリア各州の紹介にあてられており(これが、書名の「風土」に相 当する部分)、各州紹介中にも、その州の歴史や史跡が言及され、観光ガイドのような構成となっています。1981年の出版と、今から30年も前の出版であ るにも関わらず、未だにこれを越える邦訳で読めるブルガリア通史の書籍は無いと言えるでしょう。また、著者達の用いた資料が、共産主義政権時代のブルガリ ア史学者の著書・論文を用いていながら、マルクス史観的な感じがまったくしない、普通の通史となっているのが驚きです(ブルガリア人民共和国時代は4ペー ジしか無い)。

 古代から第2次世界大戦まで、まんべんなく扱ったブルガリア通史概説としてお奨めです。敢えて言えば冒頭の各地写真が白黒なのが残念。  


5/23/2010

地中海紀行 ビザンティンでいこう! 益田 朋幸 東京書籍

☆☆☆☆☆

  
 
   ビザンツを扱った書物は近年増えてきているが、当然ながら歴史を 正面で扱った書籍が殆どである。本書のように、遺跡や史跡を中心に扱った書物はまだ少ない状況である。本書はイコン美術を扱う著者の軽妙な語り口とともに ビザンツ世界を食べ歩きつつ史跡を訪ね歩く、写真満載のビザンツ世界旅行紀行となっている。

 普段馴染みの無いビザンツ教会の構造や、アトス半島修道院内の生活、ビザンツ末期のイコン美術が 静的で冷たい中世的表現から作者署名付のルネッサンス 的作品の萌芽が既に見られた点など、ギリシャ在住時に著者が遭遇した経験を交えながらいつのまにか ビザンツ美術や史跡が身近になってゆく。

 紀行本というと、著者の心情や体験に重心が置かれるエッセイが大半であったり、逆に旅行ガイド的に写真だらけだったり、歴史記述に偏り勝ちだったりする が、本書は、そこは学者、バランスよく体験談と学術的説明を織り交ぜて 良質な完成度の高いビザンツ世界旅行案内となっている。このような書物が他の地 域・国についてももっと増えて欲しいものである。 

2/1/2004