1999年・吉本新喜劇創立四十周年記念台本募集応募原稿

「なにわの愛は、ここにある」(仮題・全三景)

          作・須藤泰昭


キャスト表(敬称略)

小料理屋の主人・青野敏行
その妻、孝子(実は男)・帯谷孝史
二人の息子(養子)・吉田ヒロ
ヒロの恋人・梶本愛
常連客(売れない役者)・島田一の介
同じく(気の良いヤクザ)・中條健一
中條の妻・野村多加子
一見の客・安尾信乃助、烏川耕一
なじみ客・若手男性メンバーから二組・5、6人
(なお、上演されるなら、演出は壇上茂さんにお願いします)


場所・大阪市内の何処かにある小料理屋

第一景


 秋半ば。所は大阪市内の小料理屋。店の中には数人の客がいる。主人の青野敏行は、今夜初めて来たカウンターの2人連れと話をしている。時間は午後10時頃。
 そこへ、常連客の島田一の介が、同じく常連客の中條健一を連れて入ってくる。

青野「おう、島田はん。今日はえらい遅いやないか。それにどないしたんや、中條はんも一緒に」
島田「すまんなぁ。いや、中條はんに頼み事があってな、そんで一杯おごる事で話がついたんや」

 彼らの話を聞いていたカウンターの客、テーブルに移る。島田と中條、カウンターに座り、話を続ける。

島田「実はなぁ、わし、今度映画で大きい役がつくことになったんや。それがなんとヤクザの役でな。せやから、本職のヤクザに演技指導してもらえたらええなあ、そう思て中條はんに頼んどったんや」
中條「俺は嫌や言うたんやけど、演技指導なんて言われちゃ悪い気はしないわな。せやから引き受けることにしたんや。(ここまでしゃべって、ふと気付いたように青野に)それはそうと、今日は孝子さん店におれへんのかいな。俺、孝子さんの顔見たかったのになぁ」
青野「いや、孝子の奴は今日は奥の用事が忙しくて、店には出とらんのや」
中條「何や、用事って」
青野「それは本人に聞いてくれんか。(奥に向かって)孝子、たかこぉーっ!」

 ややあって、店のカウンターの奥から、和服に割ぽう着、姉さんかぶりの女装の男が「こんばんわぁ」と現れる。この男が、青野の妻・孝子(帯谷孝史)である。
 孝子の姿を見た一見の客、仰天するが、他の客は平然としている。みな、青野と孝子の関係を知っているのだ。
 2人は、「何やこいつ」とか「バケモンや」とか言いながら、慌てて店から出ようとするが、入り口で、店に入ってきた女性(中條の妻・多加子)とぶつかる。

多加子「おい待たんかい!(2人の襟首をつかんで)お前等、勘定も払わんとどこ行く気や」
客A「バ、バケモンが出たんや」
客B「そ、そうなんや。タカコとか言う」
多加子「タカコ?」

 多加子、自分の事と勘違いして2人をボコボコにし、店から追い出そうとする。
 見かねた孝子が、「そのくらいで止めなはれ」と近づくと、やっと自分の勘違いに気づいた多加子、急にしおらしくなって相手に謝る。一見の客は、そそくさと勘定を払い、逃げ帰る。

孝子「多加子さん、あんたやり過ぎやわ。せやけど、さすが極道の妻(おんな)やねぇ。(中條に向かっていたずらっぽい調子で)もしかして、家でもこうなんちゃうの?」
中條「(図星を突かれ、慌てた様子で)まあええやんか、そんな事。(多加子に)それよりおまえ、一体何しに来たんや。折角孝子さんとゆっくり話できると思てたのに」
多加子「タカコやったらここにおるやないの」
中條「いや、こっちのタカコ(多加子)やのうて、こっちのタカコ(孝子)さんや」
多加子「せやけど孝子さん、ホンマは男やないの。なぁ、男より女のあたしの方がええでしょ?」
中條「いや、お前もあんまり変わらへんのやないか?」
 その言葉を聞いた多加子、キレて中條をボコボコにし、強引に連れ帰る。あぜんとして見送る一同。続いて、テーブルにいた他の客も相次いで帰る。
 店内は、青野夫婦と島田だけになる。

島田「(ややあって、思い出したように)そや、孝子はん、奥の用事って何やったんや?」

 カウンターの孝子、青野と顔を見合わせて、嬉しそうに微笑む(「あんた」「なぁ」といった感じで)。

青野「実はな、ヒロの奴が5年振りに帰って来るんや」
島田「ああ、確か東京の大学行っとるっちゅう息子はんか。あんたらが夫婦になった時に引き取った子やったな」
青野「そうや。大学は去年卒業したんやけど、東京で就職するんや言うて、ずっと就職活動しながらバイトで食いつないどったらしい。それがな、今朝いきなり電話して来よって、『大事な話があるから今晩帰る』そない言うて来たんや」
孝子「そうなんよ。大事な話って何やろなってこの人とも話してたんやけど、もしかしたら、ヒロ君、大阪に帰って店継いでくれるんやないかなって思うのよ。ほら、今就職大変でしょ。ここに帰って来れば住むところも仕事もあるし。せやからヒロ君がいつ帰ってもええように、部屋の掃除したり、御馳走作って待ってるんよ」
島田「そやったんかいな。ほな、わしがおったら折角の水入らずの邪魔になるんやないか?」
青野「いや、かまへんよ。(孝子がテーブルの上を片付けにカウンターを出たのを見届けると、急に表情を曇らせ、声をひそめる)それにな、わしらだけやとヒロと喧嘩してまいそうなんや。孝子はあいつの帰りを楽しみにしとるようやけど、わしはあいつが家を出ていった時みたいに、孝子にひどい事を言うんやないかと心配しとるんや」
島田「家を出たって、大学入る時か」
青野「そうや。あん時なあ、ヒロの奴は『俺はもうこの家には帰らん。自分の事は何とかするから仕送りも結構や』そない言うて出て行ったんや。孝子の奴、それからしばらく落ち込んでもうてなぁ。せやから、ヒロの奴が今晩何かおかしな事言わんか心配やねん」

 島田、気の毒そうにテーブルの孝子を見る。孝子、何も知らぬ気にテーブルを片付け終わり、青野に「奥で洗いもんして来るわね」と食器の載った盆を手に奥へ下がろうとする。
 そこへ、奥から茶髪の青年が出てくる。2人の息子、ヒロである。
 孝子、盆を落としそうになって慌てるが、ヒロの顔を見て嬉しそうに「ヒロ君、帰ってきてくれたんやね」と声をかけるが無視され、悲しそうに奥へ下がる。青野、孝子が気の毒で、「ただいま」と陽気に挨拶するヒロを睨み付ける。

青野「おいヒロ、お前一体何処から入って来るんや。それにお前、何で孝子のこと無視したんや」
ヒロ「(誤魔化すように)いや、気ぃ付けへんかったんや。後で挨拶するがな。(カウンターの島田に気づき)お客さんおるんか。困ったな……あんまり他の人に話聞かれたないのに」
青野「何や、大事な話ておかしな事なんか?」
ヒロ「いや、そんな訳や無いけど……」
青野「ならええやないか。この島田はんは、店の常連で、信用できる人や。島田はんに帰れ言うんやったら、お前の話は一切聞かんで」
ヒロ「(観念したように)解ったよ。その代り、これ以上お客さん入らんように、のれん仕舞ってええか」

 青野、頷く。ヒロ、のれんを仕舞い、近くの椅子に腰掛ける。

ヒロ「実は…店、継がせて欲しいんや。(青野、「やっぱりな」という顔で島田に頷きかける)ずっと就職活動しとったけど、なかなかええ仕事が見つからなくてな。5年前にあんな事言うて出て行ったけど、心を入れかえて大阪に戻ろかな、て思ったんや。それに……もうすぐ結婚するかも知れへんし」

 青野と島田、驚いて顔を見合わせる。孝子も、炊事用の手袋をはめたまま出て来る。

孝子「ヒロ君、そんな人いてるの?」
ヒロ「(視線をそらしながら)ただいま、お母ちゃん。実は、そうなんや。半年前に、バイト先で知り合うて、ずっと付き合ってたんや。せやけどその娘(こ)、先月大阪に帰ってもうたんや。せやから、俺も大阪に帰って店継いだら、その娘にプロポーズしようと思てるんや」
孝子「そうやったの。ヒロ君にも、やっとそんな娘が現れる歳になったんやね。(青野に)なぁ、あんた。それやったらヒロ君に店継がせてもええんやないの?そりゃしばらくは店の手伝いくらいしか出来へんやろうけど、あんたが色々教えてやったらすぐ一人前になるわ。(目を輝かせ)そうや。明日にでもその娘さん、家に呼んだらどうかしら。御馳走作ったけど、今日はもう遅いし、明日、その娘さん呼んだときにみんなで食べることにしましょうよ。(島田に)島田さん、明日、中條さんと多加子さんもここに呼んでくれへんかしら。こう言う事は大勢の方が楽しいでしょ。(青野に)昼間の店開ける前やったらここ使ってもええわよね。(一人で舞い上がって)ねえ、ヒロ君、そうしましょ。(ここまでしゃべって、ヒロの様子がおかしいのに気付き、訝し気に)ヒロ君、どないしたの?」
ヒロ「お母ちゃん、あんまりはしゃがんといてや。お母ちゃんには関係ないんやから」

 孝子、ヒロが何を言ってるのか解らない。

ヒロ「彼女には、お父ちゃんが一人で身寄りのない俺を育ててくれた。そない言うてあるんや。せやから……(さすがに言い辛く、口ごもる)お母ちゃんは、何処か別のところで暮らしてくれんかな」
孝子「(無理に笑おうとして)ど、どういう意味かな。お母ちゃんにはさっぱり……」
ヒロ「(キッパリと)はっきり言うわ。お母ちゃんは俺の結婚には邪魔なんや!」

 孝子、ショックのあまり気を失う。



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