
愛称
ただすのもり環境学習研究所
糺ノ森環境政策環境学習研究所
がく
代表 山田 岳 のプロフィール
1959(昭和34年)東京都中野区生まれ
(本籍としては両親出身地、北九州市)
父親の仕事の都合で、北九州市、名古屋市、東京都目黒区、大分市で少年時代を過ごす。
なかでも目黒区では、木造住宅密集地のまち歩きを楽しむ。
大分市では、天体観測、魚とり、登山と、恵まれた自然を満喫する。
一方で、小学校の自由研究で工業地帯近隣住民に公害についてヒアリング調査を行う早熟さも見られた。
1982(昭和57)年、東北大学金属加工学科卒業
翌年、某精密機械メーカーにノーベル賞の田中耕一君と同期入社。
彼がノーベル賞の研究をしているころ、わたしは現場で旋盤をまわしてセラミック素材を削っていました。
このころの「カイゼン」の経験はISO14001やPDCAサイクルの理解に役立ちました。
その後脱サラ、某大学の文学部哲学科で倫理学を学びなおす。
この経験は、のちに環境倫理や企業倫理を考えるうえで役に立ちました。
1992(平成4)年、放送作家として京都の環境問題を追いかけはじめる
このころ京都は、バブルの余波でゴルフ場開発など、さまざまな問題を抱えていました。この年に始まったラジオのニュース・情報番組で環境を重要テーマにとりあげたことから、モヒカン狩りの一条山、ぽんぽこ山のゴルフ場反対運動などに取り組んでいる人たちと出会い、交流を深めました。
環境市民と出会ったのも、このころです。
2002(平成14)年、NPO法人環境市民でインターン研修
この年、京都大学の地球環境学大学院に入学。
インターン研修が必修だったことから、かねてより会員となっていた環境市民に4か月間通い、事務局員として働きました。
同時に、小学校での環境学習プログラムの開発と実施、奈良県ストップ温暖化推進養成講座などの事業を通して、ボランティアコーディネートを学びました。
2004(平成16)年、京都大学地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了
修士論文は、東京都墨田区の雨水利用の歴史と現状を追いかけた
「雨水利用と持続可能な防災まちづくりへの課題」です。
同年、日本海洋科学専門学校(大阪市)で環境政策論を担当(非常勤)
教えながら環境政策を学びなおしました。
この経験が「日本の環境首都コンテスト」や、コンテストの自治体フォロー(コンサルティング)に役に立っています。
2007(平成19)年、糺ノ森環境政策環境学習研究所を横浜市に開設
かねてより、環境の意識が高い割には行動に結びついていない神奈川県民を主たる対象に、環境学習プログラムをひろめるため、横浜に個人事務所をひらきました。
糺ノ森(ただすのもり)は、京都・下鴨神社近くにある森のことですが、
事務所発祥の地として名まえを残すこととしました。








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