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私の長崎 I ターン日記  by seru

 


 

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私が初めて長崎に来たのは高校の修学旅行でした。ただし、
その時のスナップ写真を見て、長崎に行ったのだったなあ・・という程度の思い出しかありません。

2回目に来たのは、短大1年の夏休み。共にさだまさしファンだった高校時代の友人とさださんの実家を探しにやってきたのでした。その頃は本当に無鉄砲で、長崎に来ればわかるだろうという非常に安易な考えでやって来てしまいました。
赤迫行きの電車に乗ろうとして、間違えて蛍茶屋へ着いてしまい、しかたなく下車し、うろうろしていたところを警察官に声を掛けられ、事情を説明したところ、その警察官がさださんの妹と同級生だったことから、実家を教えていただき、無事に目的を果たして帰ることができました(笑)
この時、初めて矢太樓に泊まり、夜景に魅せられました。

3回目に来たのは、家族で精霊流しを見に来た時でした。世の中は博覧会ブーム。私の実家の横浜では「横浜博」。実家一族総出で「みなとみらい」へ出かけて入場者数増の応援をしました。長崎では「旅博」。さださんが応援歌を歌っていたので、一人でも参加者を増やそうと家族でやって来ました。家族にどうしても夜景を見せたくて矢太樓に泊まり、外を眺めていて、墓地での花火を見てびっくりしたのを想い出します。
そして、メインの精霊流し!想像を絶する迫力に家族四人でものすごく興奮をしたのが昨日の事のようです・・・。 爆竹の音もさることながら、そのカスの多さ!
翌朝、そのカスが気になり、外を見に出かけると、昨日のことが嘘の様に綺麗になっているではありませんか!!・・・その清掃の凄さにまたまたびっくり!!
旅博で市内のあちらこちらを巡った後、今は無きオランダ村へ行き、家族の楽しい思い出をたくさん作ることができました。
路面電車と街が気に入って、子供達が帰りたくない!ここに住む!と駄々をこねて大変だったことが、なつかしく想い出されるとともに、ここに、我が家の I ターンの原点があったような気がします。

4回目に来たのは、いよいよ家族四人で参加した「夏 長崎から」。下の息子も長丁場を我慢できる歳になったと判断した時でした。この時のファンクラブのコンサートツアーは川崎からフェリーで宮崎に入り、北上し、高千穂・阿蘇を廻り天草をフェリーで渡り長崎入り。コンサートの後は稲佐山観光ホテルに泊まり、初めて稲佐山方向からの夜景を見ました。最終日はハウステンボス!盛りだくさんのコンサートツアーで、今でも家族旅行で一番印象的な旅行だった気がします。

・・・その後は、福岡旅行のついでに平戸までドライブに来たり、「夏 長崎から」に2度、主人と来ました。

2006年のコンサートツアーの自由行動で 「長崎ペンギン水族館」 に遊びに行き、海を眺めていた時、

「老後はこんな風にぼーっと海を眺めていたいね、長崎に移住したいね」

と二人で強く思いました。

その年の秋、長崎県への I ターンのパネルディスカッションが東京で行われ、参加。
見城美枝子さんの「長崎は他県に比べてよそ者を受け入れる土壌がある。I ターンに向いている(行きやすい)県である。」という言葉に背中を押された気がしました。
折しも、長崎県の東京事務所から「旅する長崎学」のプレゼントに当選!これにハマって長崎に行きたい!という気持ちがどんどん沸き上がってきて、毎日長崎のことを考える日々が始まり・・・
2007年秋、「旅する長崎学」の早稲田大学のオープンカレッジへの案内が長崎県東京事務所からメールで届くやいなや、即申し込み!主人と二人で通い始めたら、もう、

「長崎へ行きたい!」が止まらない・・・
 


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