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過去の定例会

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 第11回(2006.5.

 第10回(2005.12.

 第9回(2005.5.

 第8回(2004.11.

 

これまでの定例会・講演会 

当研究会では半年に一度、講演会を行っています。

 

27回 定例会・講演会

2014517日(土)13:3016:30

摂食障害と回復〜当事者及び家族の立場から〜

Aさん 現在心理系大学院生

大学2年の夏に間食したことをなかったことにしたくて嘔吐。食べ吐きが過剰になり、生活に支障をきたすようになった。要因として容姿・・・おしゃれしたい。ジムに通う。人気者でいたい・・・誘われたら断らない。勉強・・・良い成績を取りたい。経済的自立・・・バイトのかけもち。性格・・・全部こなしたい。回復のヒント・・・人との出会い、本やブログ。カナダへの留学・・・周りの目を気にせず、意志を伝えられた。研究会への参加・・・いろいろな意見を聴ける。なんかいい。回復とは・・・自分の症状を受け入れる。人と一緒に2時間以上の買い物ができる。病気になって・・・なる前は生きづらさを感じていた。いま自分と向き合うことができた。もとに戻るのではなく、生きやすさをみつけていくプロセスだとおもう。ときにわがままやだらしなくてもいい。楽な生き方がみつかった。

 

Bさん 現在ある病院の栄養士 

現在恋愛中。彼氏ができたという。居場所がなかった。高校に入ると、どうやって友達の輪に入っていこうかとか。たまにさそってほしい、さそってもらっても、楽しくなかった。一人暮らしを始めて、ほどよくできたのがよかった。放任主義の母親だった。家族会できづいた。バイトで変化、自分をみとめてくれる上司。受け入れてくれているという感覚。親にもたよっていい。存在していてもいいというのがわかるようになった。他人の役に立ちたい・自分が元気になって、母親も人生をたのしむようになった。家族会との出会いがよかった。他のお母さん方や当事者と話して支えられたり、話せる場所。回復とは?まだ立てないが、自分でコントロールできたり、断れたりできることでは。仕事も目標ができた。

 

Cさん 経験者の母親

いま娘は20歳、高校時代から過食・嘔吐に。結婚して秋に出産予定。別の自分になるのがなおるということ。「お母さん覚悟して。過食・暴言」養護の先生に言われたのはこのこと。娘の一番の理解者。食べた瞬間に過食に。吐くと治るのが遅くなる?娘はそれを守ってくれたが、肥って。保健室登校に。なんとか高校卒業できた。大学にはよい先生がいなかった。カミングアウトしたが、2年間でやめた。学校にいけないでいる自分。家にいた。一人暮らしもだしてみた。引っ越し。生活環境変わるのでちょっと過食も落ち着いたり、ほかには、気持ちにそうようにしてあげた。本当は不安だった。本当になおるのか?つらいことばを投げかけてくる。ほらねやはりお母さんは自分のとおりにさせたい?お母さんを苦しめていると思うとまた過食に。医療はただ薬だけ。いつ治るのかいってくれない。薬を全部のんで。まわりにも相談にのる友人いたが、わかってもらえず。内科医も「なんでそんなに食べちゃうの?」と。その時に絶食療法。当事者もいた家族会。やがてこのままでいいんだという自分がでてくる。欲しかった回答がみえた。お母さんが家族会に行くとわたしも治る気がする。バイトも3日でダメなときも、学校もだめで、友達にわかってもらえずという時期もあったけれども。

本当に回復してるのかは娘に聞いてないが、会社にいってるとか結婚してとか、特に症状はきいてない。想像の中では回復してると思う。起きたいときに起きてる、やりたいことをしてるというのが回復の基準であると思う。13年になる。EDと関わって。薬でも本人の努力だけでもだめ、大勢の人の支えが必要だと思う。医療機関は苦労した。小児は期限をきられたり、早くいい病院を早くなおしたい。せっかく症状が軽くなったのに学校ではケアしてもらえない、症状を重くさせている。養護の先生の参加を望む。一般のひとにも。会社のひとにも。

 

渡邉 現在浅田病院 思春期病棟に勤務

松田によれば外傷体験後成長尺度(PTGI)による経験者への調査では3つの項目が浮き彫りにされたという。すなわち@自分の命の大切さを痛感した。A自分の人生に新たな道筋を開いた。Bその体験なしではありえなかったような、新たなチャンスが生まれている。であった。拒食・過食・万引きというのは海に浮かぶ氷山の1角であって、水面下には人との関わりや家族や社会での位置そしてさらに奥には「生きる意味」が問われている。回復とは何かが問われているが、病気が治って、元の状態に戻ることではない。当初は混乱期にあり、親子ともどもなにをどうしていいのかわからない時期である。その後自分から治りたいという時期がくる。しかしこの時はまだ治療者になおしてもらいたいという受け身的な段階である。その後治したいという時期がくる。自ら医療機関を探したり、自分で食べ吐きを調節しようとする。そして自己受容期に至るすなわち今の自分をそのままでいいと受け入れる。そして最後に自尊感情出現期に至る。生きていること自体の大切さを感じるようになる。このようなプロセスは多くの経験者が辿るものである。そして家族会はこのようなプロセスを促進する役割がある。

末松先生のコメントとして学会ではまだこれをテーマとしていないということや、向田邦子の考え方や絶食療法はあまり行われていないことなどが語られました。

その後小グループに分かれて、それぞれの気持ちを伝え合い、最後に個別相談をして終わりました。30名ほどの参加でしたが、回復のプロセスについてしっかりととらえ、いま混乱のさなかにある人たちにとっても大変役に立つ内容であったとおもうので、次回(1013日)も再び同じテーマで行うことになりました。

 

26回 定例会・講演会

20131019日(土)13:3016:30

「摂食障害治療再考」

日本摂食障害治療研究所所長 山岡昌之先生

今回は山岡昌之先生をお招きしてご講演いただきました。

当会の渡邉直樹先生より今回の講演会を振り返って以下のご感想をいただきました。

 

九段坂病院での35年間におよぶ摂食障害の治療経験から以下のようないくつかのキーワードを見出した。
情緒応答性:乳幼児期からの母子関係で、母子とくに母親が子どもから出されるメッセージ(周波数)に気づき、それにうまく反応して行くことができれば症状の改善につながるといいます。ここではこの関係を深める治療法として「再養育療法」が提唱されました。とくに入院させておこなうことは現在ではせずに外来でお互いのかかわりかたを伝え、家庭で実践してもらうというものでした。例として、抱っこを受け入れる、手をつなぐ、一緒に入浴しスキンシップを高めるというものでした。ここで気になったのは、このような関わりに「構え」が生じている場合には、うまくいかないと思われました。こだわりの強い発達障害が合併している場合には再養育法よりは認知行動療法が有効ということでした。もちろん発達障害も発達するのです。
退行:悪性の退行の場合には自傷なども伴い、親の対応も大変であるが、決して治療的にマイナスばかりではなく、かえってよい転機が訪れることがあります。もちろん親や周囲のこころをこめた関わりが求められる。赤ちゃんがえりは否定的に捉える意見が多かったが、これも大事な必要とされるプロセスなのです。少し前までは危険な行動をとる患者さんのために24時間電話相談を行っていたということなので山岡先生の摂食障害に対する熱い思いが伝わってきました。
このような講演を踏まえて後半は6−7人のグループに分かれて「グループワーク」を行いました。単に話を聴いて帰るのではなく、自分が抱えている「困ったこと」を伝え、自分だけではないこと、そして様々な経過を示す人たちがいることを知ることが「参加してよかった」という達成感につながったのではないかと思います。
親子の間の相互作用が大事なプロセスであることは、わたしたちが毎月行っている家族会でも、当事者と親が参加し疑似家族のような関係ができ、お互いの当事者の立場、そして親の立場を確認できることが大きな力となっています。結局家族会の場でも山岡先生が述べている内容が実践されていると思いました。また母親を支える父親の役割も重要であることが再認識されました

 

25回 定例会・講演会

2013518日(土)13:3016:30

「摂食障害と関わって50余年」

元日本心身医学会理事長 食行動異常研究会part-U代表 末松弘行先生

 

24回 定例会・講演会

20121215日(土)13:3016:30

「産婦人科医として摂食障害に関わって40年」

主婦会館クリニック・産婦人科医 堀口雅子先生

 

23回 定例会・講演会

2012519日(土)13:3016:30

「みんなで考えよう 〈治る〉ということ」参加型アクショングループ 

3回 気づく-支える-つなぐことの大切さ

食行動異常研究会実行委員長 渡邉直樹先生

 

22回 定例会・講演会

20111015日(土)13:3016:30

前回と同じように、渡邉先生のお話、そして参加型アクショングループミーティングを行いました。

 

【渡邉先生の講演内容】

今の自分ではダメであるという想いから、痩せれば上手くいく、新しい自分になれる!と思考が変わっていきます。痩せた身体を得る為に、摂食障害から回復するには、悪循環を断ち切ることが大事です

自己の中には必ず良い面があるから、今の自分で良いと伝え続けること。

「気づく→支える→つなぐ」この順番の通りに周囲は支援をしていくのであり、順番を誤り、支える前に入院前につなぐと当事者の反発が強くなるという悪循環につながります。

 

21回 定例会・講演会

2011514日(土)13:3016:30

テーマ:ひとりひとりからとらえなおそう 〜参加型アクショングループを体験しよう〜

 

 今回は「参加型アクショングループ」という新しい取り組みを行いました。これは4〜5人程度で一つのグループをつくり、それぞれが自己表現をしてもらうことで自己を見つめ直し、新たな気づきを得ていくことを目指しています。当会は、言いっぱなし・聞きっぱなしで終わるよりも、さまざまな立場の人々が一同に集まって情報交換を行い、意見を聞いて気づきを得ることを目的としています。この大切さを伝えるために、講演会で「参加型アクショングループ」を行いました。

その前に、渡邉直樹先生から摂食障害について講演をいただきましたのでご紹介します。

 

【渡邉直樹先生のお話】

テーマ:拒食・過食・万引きなどは氷山の一角

 

拒食・過食・万引きなどの症状は、当事者の心の問題が表面化したものです。治療では、どうやったら症状はなくなるのだろう??と考え、集中的に症状の治療を行うよりも、水面下に目を向けるべきとのことです。

 

○水面下1:寂しさ、満たされなさ

 なにかいつも寂しく、満たされない気持ちを抱いています。しかし、表面的には親も周囲の友人も気づかないことが多いです。

 

○水面下2:気持ちのすれ違い

 自己表現が上手にできないため我慢してしまうことが多く、すれ違いが生じます。親が一方的な思い込みをしても当事者は気持ちを伝えることが十分にできないため、すれ違いが修正できないままとなり親の期待に従ってしまいます。これが不安をよび食行動に影響を及ぼします。

 

○水面下3:良い子・我慢強い・完璧主義

 完璧を目指すので成績が良く、本人も親も「がんばりすぎ」に気づくことは少ないです。

 

これらを解消するためには、水面下の問題に気づき気持ちを伝えあう工夫と愛着体験(アタッチメント)の重要性が挙げられました。

 その後、摂食障害の過程について話がありましたが、当事者・親・兄弟・姉妹の会の活動内容で詳しく紹介していますので、そちらをご参照ください。

 

○先生のセラピー

 次に、先生のセラピー方法についてお話をいただきました。先生は、安心できる治療環境の設定をこころがけています。ねぎらいと共感をこころがけ、余計なはからいはせずにいまの自分をそのまま受け入れようと伝えます。そして、当事者の内面にある生きる力を引き出していきます。

 

○参加型アクショングループ

3つのテーマについて語り合いました。

  1、いまあなたは毎日の生活で安心できていますか?

  2、困っていることはありますか?

  3、どうしたらよいと思いますか?

 

これは、渡邉直樹先生が「気づきを得る」という視点から治療の際に質問しているそうです。どのグループも、参加者のみなさんがたくさん話して下さいました。

・さまざまな立場の人から話を聞けて良かった。

・自分の体験を話すことで多くの気づきを得られた。

・苦しい気持ちを理解してもらえて少し楽になった。

・当事者の気持ちに寄り添っていく大切さを感じた。

・摂食障害について普通の人たちに理解をしてもらいにくいので、このような会をどん

どんやって欲しい。

など、このような感想をいただくことができました。

  月1回開催している「当事者・親・兄弟・姉妹」の会も気づきを得られるような内容となっています。また、水面下の問題に気づき気持ちを伝えあう工夫について実践的なアドバイスも話し合いますので、もしよければ会にもいらしてくださいね☆いつでもお待ちしております。

(文責 子籠智恵子)

 

20回 定例会・講演会

20101114日(日)13:3016:30

テーマ:「わたしたちには、ちからがある〜楽なこころのその先に見えたもの」

 あかりプロジェクト 村田いづ実さん

 

 ご講演内容は村田さんのご経験と「あかりプロジェクト」のあゆみについてお話くださいました。村田さんは、中学校2年生から過食が始まり、社会人になって嘔吐をするようになり、アルコール・男性・ギャンブル依存も抱えていました。

「わたしたちには、ちからがある」ことを、一番みなさんに伝えたい、少しでも感じてもらいたい、というお話から始まりました。私も村田さんの思いを、今この文を読んで下さっている方にお伝えできるよう村田さんの言葉を借りて書いていきたいと思います。

 

1、なぜ、ベールはできあがったのか

・ベール(=自己否定感)こそが生きづらさのみなもとだった

自己肯定感がなく自己否定感で苦しい日常だった。もがいた15年間をスライドいっぱいに「●」と図示し、「黒い丸、真っ暗、自分を空洞だと思っていた、何にもない。 15年間必死に空洞を埋めようとした。でも、本当は空洞なのではなくて本当のものを隠す自己否定というベールにすぎなかった。ベールが取れた時、そこにはすごいエネルギーをもった太陽が輝いていたことが分かった。」

 

・それは、環境要因から出来上がった

小さな頃から両親が喧嘩または冷戦状態で、常に緊張感のある家庭だった。「私がお母さんを助けなければいかん」という思いや父母の喧嘩をとりもつうちに、お母さん(友人にも)は本当はどうしてほしいんだろう?どんな気持ちなんだろう?と探る癖がついてきた。相手に合わせることしかできず、自分の感情が本当に分からなくなってきた。いつも自分が浮いているような気がしていた。自分がどんなに頑張っても、家庭環境が悪くなる一方で自分は無力で居ても意味のない存在・空洞だという分厚いベール・自己否定感に包まれていった。ただただ辛い・自分が恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。小・中・高校でもいじめがあり、自己否定感を強めていった。

 

2、   空洞を埋めたい…もがいた15

・変わらなきゃ!何者かにならなければ!

空洞を、「キャリア・優秀な成績・スリムな体型・美しい外見・経済的自立・社交的な性格・友人の多さ」で埋めようとした。正社員としてバリバリ働いていたが、いくら頑張っても埋まらなかった。ぼろぼろになり退職した。

過食・嘔吐は生きるための杖であり、違うよー!そんなんでは埋められないよーというメッセージでもあったと思う。

 

 アルバイト・写真を撮る・過食嘔吐の生活に絶望的で疲れきったある夜、近くの港に行った。堤防の上に立ちながら、現実の世界ではなく温かい世界に逝こうと思った時に、実家に電話をした。電話に出てくれた父親に「私もうダメやー!もう本当にダメかもしれんわーもう疲れた。もう一歩も進めん」と泣きながら話したら、父親が「どうにもならんことなんてないんや。1%の希望を信じるんや。」と言ってくれた。真っ暗な絶望しかない日々だけど、1%なら信じることができるかもしれないと思えた。「99%の絶望から」、「1%の希望」をもってアパートに戻った。

 

・一方で、「自分と一番の友達」になる模索

村田さんが楽になる出発点となる言葉だった(本に書かれていた言葉)。今まで自分を責めることしかなかったから、衝撃的な言葉だった。この本から、「自分のことが1番分かるのは自分なんだから、自分をギュッと抱きしめてあげよう。励ましてあげたりしましょう。」という考え方を知った。

 その後、AC(アダルトチルドレン)のためのセルフケアというワークショップに行き、幼い頃のいづ実ちゃんと、今の村田さんを切り離して考えることができた。自分を丸ごと愛おしいと生まれて初めて思えた。日常は絶望だったけれど、自分が愛おしいと常に感じるためにはどうしたら良いのか模索した。苦しい時は自分を責めている時、自分を恥じている時だった。そんな時はそんなことないよ、大丈夫だよ、頑張ってるね、と優しい言葉を自分にかけた。自分を責めることが日常だったので、自分を責めていることに気づかないし、優しい言葉をかけると10倍くらいになって「何甘えたこと言っとるんや」とか「弱虫」とか厳しい言葉が返ってくる。自分に優しくするって、とっても難しいけどおもしろい。優しくされることは「快」なはずなのに、優しい言葉をかけることが苦痛だった。 

また、自分の感情を取り戻す作業をした。例えば、友達と話して違和感を感じた時、その時には分からないけれど家に戻ってきて「あの違和感は何だったんだろう?本当は断りたかったのに断れなかったから違和感なんだろう」と自分の本当の気持ちを分析するようにした。

 

3.ベールが外れた瞬間

・底つきを経てわたしに起こったこと

職場で派閥に巻き込まれいじめに遭った。自分が劣っているからだと思い耐えられなくなって退職した。社会に適応できないんだ、居場所がない、社会の何の役にも立たないとますます自分を責める気持ち、友達もいない誰ともつながっておらず、過食嘔吐するためだけに生きていた。

ある日、ふとキャリアとかスリムな体型とか「もう諦めようと開き直れる瞬間」があった。実家に帰ろうと思った。実家に戻っても、両親は責めることはなくずっと見守っていてくれた。そして、自分の気持ちを精算しようと思い小説を書いた。書き終わる頃に突然、「あー分かった!働いていないけど、息しとるやん!これで良いやんか!」と体で感じた。自分が劣っているのではないんだ。コミュニケーションが不得意の裏返しは、一人の人と深く付き合えるとか、人の温かさをよく知っていることだと分かった。

このままの私で力が発揮できる場所を選べば良い、ないなら居場所をつくれば良いんや!と思ったら、「●」は空洞ではなく本当のものを隠すベールであり、ベールを取ったらそこには元々太陽があることに気づいた。

 

4、   わたしたちには、力がある!

ベールの後ろに太陽があることが分かると、自然と力が湧いてきた。何か不本意なことがあっても揺るがなかった。過食嘔吐は、存在して良い、生きたいという欲求から来るもの。過食嘔吐そのものが、生きる力がある証拠だから決してわたしたちは空洞ではない、変える必要なんて一つもない。過食嘔吐してもひきこもっても、わたしたちの体の中には変わらずにずっとそこには力があるから。

 

5、   力を持ち寄ってムーブメント

当時、辛いと思った時にはいつでも気持ちをとことん聞いてくれる場を切望していた。サポートの場を実現するために「あかりプロジェクト」を立ち上げた。土台は、@あたたかさが循環する場 A誰もが人の役に立っていると思える場 B力を発揮できる場である。

 

このように、村田さんの経験から「あかりプロジェクト」が立ち上がるまでのお話をして下さいました。最後に、中納良恵さんの【方船】という曲を聞きました。「荷物降ろして 祝杯をかわそう」という歌詞が「あかりプロジェクト」と共通するものがあるとお話して下さいました。

 

 その後、参加者の皆さまから下記のようなご意見をいただきましたので、いくつかご紹介します。

○突破口について

症状が悪化すると両親もイライラする悪循環を断ちたかった。その突破口は、めいっぱい喧嘩して言いたいことを言った。そうすると、温かい気持ちになり、これを繰り返して温かい気持ちを積み重ねた。

○親に言われて嬉しかったこと

 (症状がひどくても、ボロボロになぅっても)どんなあなたになっても見捨てないよ!

○親にしてもらいたかったこと

 部屋に一人でいる時、親がでかける時や帰ってきた時にドアをノックしたり、声をかけてもらいたかった。親はそっとしておいてくれたのだろうけど、「気にかけている」気持ちを知りたかった。

 

 以上、講演会の内容を書かせていただきました。99%の絶望という考えではなく1%の希望を持つということ、コミュニケーションが下手なのではなく、人と深く付き合えるということ、このように考え方を変えていったことが●は空洞ではなく、元々備わっている太陽(あかり)を隠しているベールだったんだ。という気づきを得られた一つの要素なんだなと思いました。参加者のみなさま、そして私たちにも多くの気づきを与えて下さった村田さんに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

19回 定例会・講演会

2010516日(日) 13:3016:30 

テーマ:「かなりあしょっぷへようこそ」

 福井大学 野村佳絵子先生

福井大学の野村佳絵子先生に依頼し、「かなりあしょっぷへようこそ」と題してご講演をいただきました。今回は野村先生がご講演されるとあって、全国からかけつけてくださった方々でいっぱいとなり、70名弱の当事者や家族そして支援者の方たちが集まり、熱心に先生のお話に耳を傾けました。

最初から最後まで、関西弁(滋賀弁?)でのユーモア溢れるエネルギッシュなご講演がとても印象的でした。またフィギュアスケートの鈴木明子選手のことや最近のヨーロッパのモデルさんを通じた摂食障害の予防などの時事的な話題も豊富にあり、摂食障害は個人として向き合うことはもちろん大事ですが社会全体で考えていく必要があることを改めて痛感いたしました。

ご講演内容は野村先生が立ち上げられた「かなりあしょっぷ」のあゆみについて、大きく3期に分けてお話くださいました。

まず、野村先生はご自身が当事者であり、グループ運営者であり、研究者であるとの自己紹介がありました。野村先生ご自身は摂食障害の当事者であったとのことですが、先生が活動や研究を進められる上で、『当事者』というのは摂食障害のご本人だけでなく、家族、友達、専門家、学校の先生など摂食障害に関わる全ての人を含んでいると考えてもいいのではないかとのことでした。このような視点はとても新鮮でした。

@かなりあしょっぷの準備段階 については、誰にもいえないつらさと一歩踏み出して「自分も摂食障害です」という他者の存在を得る段階といえるとのお話でした。まず一歩踏み出せることは、すごい力で誤解を恐れずに言えばそれだけで半分は治ったようなものだ、とのお話がとても印象的でした。

次にA呼びかけ段階 です。野村先生が自助グループというのは摂食障害の回復には役に立つらしいとの情報を得てからが素晴らしいのですが、先生ご自身が手書きでポスターを作り、滋賀県、京都府の様々な施設にポスターを置かせてもらえるようお願いし、周囲に呼びかけたそうです。その結果、連絡してくる方が後を絶たない状況となり、2001年からかなりあしょっぷの運営を開始されたとのことです。ここからがグループの変化、成長についてのお話となりました。

Bグループの変化、成長に関する「動的な有機体としての『かなりあしょっぷ』」としてお話くださったことをまとめると、グループの立ち上げ期、第二段階、そして現在とではグループとしての役割・機能が随分違っているとのことでした。まず、第一段階はお互いがお互いの様子を見計らいながら摂食障害である自分をさらけ出す過程、第二段階は自分をさらけ出したあと、今度は摂食障害自慢大会のように親密に自分をさらけ出し合う一方で所属感と自立のための葛藤の段階、第三段階はそれまでの過程で築き上げてきた関係性に基づいて柔軟な対応が可能となってくる段階、とお話くださいました。そしてグループは何度も再生を繰り返すとのことを見出され、このようなグループに関する一連の流れのようなものをご著書でもある「かなりあしょっぷへ、ようこそ!」にまとめられたとのことです。

最後に、これらのプロセスを通じて「他者(ひと)」とのつながり、そして「遊ぶ」ことで自己を見出すことが大切なのではないかとお話いただきました。これらの流れがあって、野村先生は現在摂食障害の予防およびその啓発活動に取り組まれているとのことです。

 

会の後半では、野村先生のご講演を受けての末松先生と渡邊先生のコメント、そして野村先生を囲んで参加者のみなさんと一緒にディスカッションをしました。

 

渡邊:10年間のプロセスを1時間半でまとめて話してくださったので、まだまだ聞きたい未消化の部分があるかなと思っています。例えばなんで摂食障害と告白するエネルギーが出てきたのか、また途中で誹謗中傷があったかもしれない、でも明るく保ち続けたことはどうしてかなとか聞きたいことがいっぱいあります。それからまずさらけ出しあえること、そして原因探し、ここに来ると原因探しにとらわれやすくなってしまうけれどもやがて「もうどうでもええねん」という許しの段階がやってくる、どうしてその段階に至ったのかの不思議さを知りたいと思います。そして遊び、この段階に至るのも不思議な気がします。これがかなりあしょっぷという場で起こっているということにとても感銘を受けています。

 

野村:自分の中ではつながっている話だったんですが、詰め込みすぎたかなと思っています(笑)。休憩時間に各地のグループのお偉いさんとお話する機会があり、私なんかがしゃべってよかったのかなと思っていますが必要なところだけ持ち帰っていただければと思います。どうしてかなりあしょっぷが上手くいったかというと、私は強くはないけれど声が大きくて目立ちたがりで、後先のことは考えていないタイプですが、後先のことを考える人たちに支えられて今日に至っているというのが実際だと思います。私はいつもめげていますが他者との出会いに支えられています。(笑)

 

末松:野村先生のご著書にある「人は他者(ひと)とつながり、そして「遊ぶ」ことで自己を見出す」、これは本当にいい言葉です。赤ちゃんも遊ぶことで自己を見出すこと、ここにいらっしゃるみなさんももうすでに何か見出すことができて明日から何かできるようになっているのではないかなと思います。

 

(参加者から)

      遊ぶこと、人と人との付き合い、上手くやることはものすごく難しいですよね。それを上手くやるにはどうしたらいいでしょうか。

>上手くやらなくてもいいのではないんですか?上手くやろうというよりぶつかり合ってなんとかやっているような感じなので。。。

>いろんな人がいていいのではないでしょうか。遊べる子もいるし、遊ばない子もいるし、それでいいんですよね。

 

      最近の若い人はネットなどでしかつながりを持たない傾向があるように思いますが、インターネットでのつながりということについてはどう思われますか。

>今はネット時代でPCでのコミュニケーションの方がスムーズであればそれもいいし、直に会うこともやはりありがたいことですよね。今日いらしてくださった方は直にお会いできているのでそのことは素晴らしいと思います。

      予防と啓蒙活動をされていることについてもう少し詳しく教えてください。

>次世代の子たちに対してやはり摂食障害にならないように養護教諭の養成に関わらせていただいています。また、講演やパンフレットを配るなどして予防していけるような活動を進めています。

>今回のような研究会も広い意味では(3次)予防にあたると考えられます。

 

      摂食障害に対する社会的な支援制度は何かありますか。

>少しずつは整っています。例えば入院した際に特別な保険制度があります。これはうつ病などの他の疾患ではありません。また、専門病院が日本にはないのでそれに準ずるようなものを作っていこうという流れがあります。

 

      産婦人科医の視点からみると無月経の問題などの深刻さが気になりますが、野村先生からなにか産婦人科医への提言はありますか。

>摂食障害の年齢が上がってきていること、10年選手、20年選手が増えてくると当然妊娠・出産などのライフイベントが関係してくると思います。そのあたりを医療機関としてしっかりケアしていただけるとありがたいなと思います。

 

      東北の田舎の田舎で、グループに参加することなんてなかなかできませんが、インターネットのグループを通じてやっと参加することができました。このような自分の経験を生かして自分にもできることを何かやりたいと思うのですが。

>私はメカに弱いので(笑)、でもインターネットでできたつながりをきっかけに実際に顔をあわせるような機会、私の場合は摂食障害フェスティバルのようなものですが、そのような機会が見つかった時に生かしていけると思っています。今このように話してくださったことだけですごいなと思っています。今後の活動を期待しています。

 

最後にかなりあしょっぷの10か条を読み上げて講演会は無事終了となりました。

 

以上、講演会の内容を簡単にですがまとめてみました。今回のご講演では、野村先生の気持ちに周囲が自然と惹きつけられてかなりあしょっぷが展開してきたというそのエネルギーがとても印象的でした。もう一つとても印象的だったのは、全国で自助グループを立ち上げてがんばって活動していらっしゃるたくさんの方々にご参加をいただけたことでした。遠いところからいらしてくださる方もいて、また野村先生とはすでに関西のネットワークでのつながりをもたれている方もいらして、全国で野村先生と同じように活動をされている方々のパワーに触れられたことは今回の大きな収穫だったと思っております。

今回の野村先生のお話はわたしたちに貴重な気づきと勇気を与えてくれたように思います。本当にありがとうございました。

 

17回 定例会・講演会

2009523日(土) 13:3016:30 

テーマ:「食を拒む・食に溺れる心〜不安という時代の空気の中で〜」

 福島県立医科大学 医学部 神経生理学講座(福島お達者くらぶスタッフ)

香山雪彦先生

 

香山雪彦先生からいただきましたご講演内容の資料をこちらに掲載させていただいています。

 

 

15回 定例会・講演会

2008510日(土) 13:3016:30 

テーマ:「摂食障害の治療の連携を考える〜みんなで当事者への大サポート団を作ろう〜」 

東京女子医大病院附属女性生涯健康センター

EATファミリーサポートの会 小原千郷先生

 

東京女子医大病院附属女性生涯健康センターを訪れる当事者の心理治療に携わりながら、EATファミリーサポートの会を運営している小原先生のお話を伺いました。大変わかりやすい、また説得力のあるお話でした。まずは当事者本人と摂食障害というお化けのような病気を区別することが必要であり、当事者本人も家族も、また時に医療スタッフもこの区別を行うことなしに関わってしまうことがいかに多いことか。まさしく思い当たることが多々ありました。そういえば当事者のひともやせや食べ吐きにこだわり、これをくりかえす自分を悲観してしまいます。さらに親はトイレをつまらすような問題行動を起こす娘に「こんな子にどうしてなってしまったのだろう」とか「こんな娘に育てつもりはないが、わたしの育て方が間違っていたのだろうか」と娘さんや自分を全否定するようなとらえ方をしてしまいます。さらに医療関係者は問題行動をみて、「こういう人は受け入れられない」とまた病気としての部分をあたかもその人自身というとらえかたをして拒否的になってしまします。このような悪循環をとめるために、3者がもう一度「どの部分が病気で、どの部分が本人自身なのか」をとらえなおすことの重要性を指摘してくれたように思います。そしてそのための方法として以下のような臨床心理士としてのアドバイスをしてくれました。

1)      Stop ED トーク:多くの家庭でくりかえされているのではないかと思いますが、食べ物をテーマとして娘と論争するのをやめようということです。「わたしが丹精こめて作ったものなのにどうして食べてくれないの」「そんなこといったってふとるのがこわいから」「全然そんなことないわよ」「いやだお母さんにはわかってもらえない」「わたしが一番あなたのことを心配しているのにひどい」「もういい、やめて!」というような論争ではないかと思います。若い小原先生は自分自身があたかも当事者であるかのように、ある母親とロールプレイをしてくれました。

2)      できていることに気づこう:これも大事ですね。たとえば過食・嘔吐がくりかえされてしまう自分を全否定しがちですが、「気晴らし喰い日記」などをみてみると結構過食・嘔吐をしない時もあったりします。そういう時にはそのことを指摘して自分をほめたり、娘さんをほめてあげましょう。また病気とは関係のない部分でも親や兄弟を気遣ってくれたりしたら、「ありがとう」のひとことを忘れないなどが大事だと思います。

3)      I メッセージ:これも心理ならではの指摘だと思いますが、「あなたはどうしていつも帰りが遅いの?」というようないいかた、つまり「あなた」が主語のいいかたを避けて「帰りが遅かったので心配したわ」というように「わたし」が主語のいいかたに変えましょう。そうすると娘さんも「ああ心配してもらっているんだ」と受け止めることができます。

4)      共感的な話の聴き方:そして最後に講演のあとの時間に参加者がペアになってロールプレイをしました。ED-トークを思い描きながらとそうではなくて「あいずち」や「オウム返し」や「気持の反射」を取り入れた共感的な受け止め方を学びました。

75名ほどの参加者でしたが、みなさん最後まで一生懸命に話を聴き、体験学習ができたように思います。

最後にこのお化けのような摂食障害の症状はすべて悪い面だけではなく、時に当事者を守る役割もあるということを付け加えます。以前の会でも「摂食障害はモンスターか?」という話をしましたが、同じようなことが話し合われたと思います。

また参加者からも積極的な意見が出されました。この会も小人数で事務局を運営し、せいぜい年に2回の定例会と月1回の「当事者・親・兄弟姉妹の会」を行うことで精いっぱいな現状です。もっと様々な活動を希望される方はまず自分自身が動いてほしいなと思います。

小原先生貴重なお話をありがとうございました。

 

 

14回 定例会・講演会 

20071013日(土) 13:3016:30 

テーマ:「摂食障害の長期経過と回復のプロセス」 

東京都精神医学総合研究所 社会精神医学研究分野

「児童思春期の心の健康増進に向けた研究」プロジェクトプロジェクトリーダー

西園マーハ文先生  

 

平成19年10月13日午後1時30分から午後3時まで東京都精神医学総合研究所の西園先生に依頼し、「摂食障害の長期経過と回復のプロセス」と題してご講演をいただきました。会場は大日本住友製薬東京支社の大会議室をお借りして行いました。会場は満杯となり、90名ほどの当事者や家族そして支援者の方たちが集まり、熱心に先生のお話に耳を傾けました。摂食障害という病気に悩む娘さんと母親、両親とくに父親の参加も多かったように思います。わたしとしては主に以下の3点についてのお話を大変興味深く聴くことができました。

1) 思春期だけの問題ではないこと:

以前は摂食障害は思春期の問題であり、「成熟拒否」とか「女性性拒否」「依存と自立の葛藤」という視点から「思春期やせ症」ということばが一般的でしたが、ここ数十年前からこのような定義を超えた病態としてとらえられるようになってきました。そして現在では「働きながら摂食障害の症状をかかえている人たちにどのように治療ネットワークを築いていくか」とか「子育てをしながら症状をかかえており、配偶者やこどもたちとの関わりに悩んでいる人たちにどのように治療ネットワークを築いていくか」というような視点が必要になってきています。

2) 長期予後に関する研究では摂食障害のひとの7−9割が数年の経過で改善しています。これは重度の障害に悩む当事者や家族にとっても知っておくべきこととおもいました。

3) 治療への動機づけの第一のキーワードとしては「変化と行動変容」ということばがありました。まずは摂食障害の症状があっても「自分は病気ではない」あるいは家族としても「食べ吐きは病気ではない」と病気であることを否認する時期があります。親としてもこのような受け止め方なので、無理にでも食べ吐きをやめさせようという行動にでて、そのことが当事者と家族の気持ちを乖離させる契機を作ってしまいます。また家族が病気に気づいたとしても、当事者である本人は病気であることをなかなか認めなかったりします。しかしこのようなとらえ方もずーっと続くわけではなくある体験を契機に当である本人も自らの症状を病気とみとめるようになります。そしてこれまで治療を拒否していたのですが、その必要性も認めるようになります。ここで大事なことは医療機関のスタッフ、すなわち医師や看護師が摂食障害の病態を理解し、きちんと本人と家族を受けとめて治療にのせることができるということです。時にある身体科の医師を受診したら「摂食障害は精神の病気だから、精神科に行ってください」といわれてしまい、また逆にある精神科医師を受診したら「この身体ではわたしたちは診れません」と拒否されてしまい、果ては「たらいまわし」にあってしまうような状況も出現します。このようなことが起こらないような専門家同士の連携と家族や当事者を含めた情報交換のネットワークづくりが必要です。時にお互いの誠意があってもその誠意が伝わらず「偏見」に陥ることのないようにしていく必要があります。(今度出版される予定の本はこのことを意図しています。つまり本書を読むことでそれぞれ専門家や非専門家、当事者や家族がどのような対応をすればよいのかが明確となり、互いに偏見に陥ることを防いでいくということを目的としています。)

さらに病気であることを認めたとしても摂食障害の症状をすべて「悪いもの」ととらえてしまう時期があります。当研究会でも「摂食障害はモンスターか?」と題して話し合いましたが、ある1時期は背中にいる「悪もののモンスター」と自分自身を同一化してとらえてしまい、「自分自身が悪もの」あるいは親の目からみて「あなたは悪もの」というように考えてしまい、このことが家族関係に影響をあたえます。心理的にも自己否定的になり、抑うつ感が強まったり、死にたくなったりします。まずはこのようなモンスターを背中から下して、自分自身から距離をおく、そして対象化する作業が必要となりますが、そのための心理(精神)療法が必要になったりします。また時期がくると「モンスターは悪もの」というとらえ方から「摂食障害が自分のこういう面を守ってくれたから病気をずっとやめられなかったんだ」とか「摂食障害があることでこういうストレスを回避できてきたから病気をやめられなかったんだ」という「疾病利得」に気づくようになります。

第ニのキーワードとしての「限界」ということばがありました。限界ということばで、ある1時期は「もうどうしようもない」「なにも先がみえない」「救いがない」「わたしはなんのために生きているの?」などとすべてを否定的にとらえてしまう時期があります。しかし限界は別のことばでいえば「クライシス」ということができ、このことばは「転換点」という意味も含むのです。ぎりぎりの体験だからこそ、わたしたちはこのような体験を通して、自分が生きていることの大切さや家族や友人の気持ちが初めて伝わったりするのです。ある意味では摂食障害という病気を抱えながらのプロセスは、「互いに気持ちを伝え合う」ことにつながるように思うのです。

 

以上西園先生の話からわたしが重要と思ったことをまとめてみました。状態像の改善は生じるが螺旋形に上昇していくこと、モンスターを肩から荷降ろしする作業に、当事者である本人や家族、医療機関のスタッフなどが協力していくわけですが、そのプロセスのなかで、モンスターに対するとらえ方も変わってくること。限界体験はある意味で「転換点」をも意味するということを述べました。西園先生のお話はわたしたちに貴重な気づきを与えてくれたように思います。本当にありがとうございました。

 

13回 定例会・講演会 

平成19年5月19日(土)午後1時30分〜4時30分

 テーマ:「食べたいのに食べられない・痩せたいのにとまらない・・・それって?」

〜健康な食とストレス食いについて〜

渡邊美樹(文教大学女子短期大学健康栄養学部)

渡邉直樹(青森県立精神保健福祉センター)

 

本日は32名の参加者がありました。当初は新聞にものらなかったのでおそらく人は少ないのではないかと思いましたが、まあまあの参加でした。土曜日というのもよかったのかもしれません。また今日は当事者・家族・治療者がそれぞれの立場でいろいろ自由に話すことができてよかったと思います。

(コメントとして)

「こだわり」ということを話しましたが、当事者のこだわりとしては「やせ願望」や「肥満恐怖」からの「過食・嘔吐」などがあります。これに対して親がこの問題にこだわることがますます症状を悪化させてしまう。この悪循環を打破するにはまず親として「過食・嘔吐」に焦点をあてることをやめ、別のとらえかたでこどもに接してみることです。たとえば「なにがこどもに安心感をあたえるのか、親としてそのためにどのようにかかわってあげたらよいのか」という配慮などです。こどもからは両親すなわち親同士が仲良くできているとこどもとしては安心します。

 

説明不足だったことはやはり中には大量の過食と嘔吐がみられ、両親も途方にくれるような場合です。このような時には当事者も自分自身をまったくコントロールできない状態ですので、そのまま家族がみていても困難な場合があります。そのような場合にはなかなか家族だけの関わりでは困難です。やはり病院の先生と相談して入院などの方法を考える必要があるでしょうとはいえ本当に安心できる入院先があるのかという家族の心配ももっともです。困ったときに情報提供できるような会になる必要があると思います。

 

12回 定例会・講演会 

平成18108日(土)午後1時30分〜4時30分

1部 講演会 「私の考える摂食障害の病態と治療」

         藤枝市立総合病院 心療内科 竹内俊明

 

竹内先生の摂食障害の患者様への初診の流れをご説明下さいました。まずは患者様のつらい気持ちをねぎらうことから始まります。初診は竹内先生にとって、いかに治療者にほれてもらい、この先生とやっていこうと思ってもらえるかの真剣勝負です。初診のときには、これまでの病気、趣味、友達、自分の病気をどう思っているか?など詳しく聞いていきます。また最後に全身の診察を行います。

竹内先生がお考えになる、摂食障害のタイプと経過は、3つにわけられます。@急に過食嘔吐になるタイプ、A拒食症でずっといくタイプ。B拒食で途中から過食嘔吐になるタイプ。このタイプは治りにくいタイプでもあるそうです。

  次に心療内科とはどういう科か?という説明をしました。年代としては、赤ちゃんからお年寄りまで幅広い年齢層を扱い、病気の種類としては、日常生活習慣病、心身症、うつ病、ノイローゼ、精神病、適応障害、依存症、人格障害など、種類も多岐にわたっています。

摂食障害が、何故難病、またはやっかいな病気ととられてしまうかなのですが、@なおりにくいこと(1/3は完治しますが、2/3は一生患ってしまうといわれています)、A高い死亡率(100人中、6〜8人が亡くなるとのことで、癌、交通事故に比べると高いそうです)、死因としては、心臓が栄養失調のため止まってしまいます。ここで、重篤な病態をきたした症例のいくつかを、パワーポイントを使って、わかりやすく説明してくださいました。 

このように病気の説明を詳細に患者様にお伝えするそうです。そしてここまで説明して、患者様に「どう思われますか?」と問いかけると、「おっかなかった」という答えが大概返ってくるそうです。 

竹内先生の病院の治療戦略を、拒食症、過食症それぞれについて資料にもとづきご説明下さいました。 

拒食症、過食症の治療については、まずは医師と患者の治療的人間関係を確立し、生活指導(朝、昼、晩三食食べることなど)、心理療法(拒食を治す薬はないので、全員必要)が行われます。また患者様にあわせて、山登り、そりすべり、集団療法、ブリーフテラピー、箱庭療法、自律訓練、交流分析、ピンポン療法などを行います。また、入院治療の場合、その病態によって、「ふつうの入院治療」、「行動療法」、「再養育療法」、「強制栄養(IVH、経管栄養)と母性的な対応」があります。 

過食症の治療については上記に加えて、抗うつ剤(SSRI)の使用、また絶食療法を行います。絶食療法の症例をパワーポイントでご説明下さいました。絶食療法の期間に、日記療法を行い、楽しかったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと、などを年代順に書いて、2度以上読み返して、1年後に自分がどうなっているかを書いてもらう、というのをやっているそうです。絶食療法による効果は、脳機能の改善、深い気づきによる心のいやしなどがあげられます。竹内先生の絶食療法の実際が本になっており、「過食症からの生還―私は絶食療法で克服したー」(マキノ出版)をご紹介していただきました。 

竹内先生のご講演に、フロアの皆様からのアンケートの感想にも、「とてもわかりやすかった」などの声が目立ちました。また暖かなお人柄を感じさせるお話に、「先生の診察にかかるにはどのようにしたらいいですか?」というご質問などもありました。この質問に関しては、患者様の病態によって、緊急が必要な場合は予約の融通をつけていただけるようですが、通常は何ヶ月かお待ちいただくようです。


第2部 分科会(小グループ) 

 私たちは、今日の定例会のテーマである、「気持ちをわかちあう」ということを当事者同士で、いままで誰にも言えずに抱えていた、こころに受けた傷や負担を語り合った。 

 摂食障害には、さまざまな形態があるが、どの当事者もみな、「やせ願望」を抱いていた。いまの自分を変えることで、親や兄弟(姉妹)の目を見返してやろうという気持ちが強いようである。一番気軽にできるのが、「食べないこと」。いわゆる拒食である。摂食障害という病は、拒食だけにとどまらず、過食という行為もひきおこす。私たちは、拒過食を繰り返し、治りたいけれど治せない状況にある。

 

 摂食障害の当事者にとって、気持ちがわかりあえるものの存在は大切である。摂食障害はいわゆる、こころの病である。どんなに周りのものがその気持ちをわかろうとしても、限界がある。親や兄弟(姉妹)、かかりつけの医師の協力、理解、判断は、私たちにとって、ありがたいと感じるときもあれば、そうでないときもある。私たちが共通に感じていることは、不安、焦り、兄弟(姉妹)との比較、幼いころに受けたこころの深い傷があげられる。私たちは、明日も将来も見えない。それがこわくて、自分でなんとかしようとして、焦り、なんでもいいから手をつける。それが失敗したときのこころの傷は深く大きい。さいわい、今回集まった当事者の方々は、そろってそんな自分から抜け出そうと努力し、いまを見つめられている。

 

 「気持ちをわかちあう」ということを念頭において、それぞれが思うままに気持ちを言いあった。当事者が実際に集まって、気持ちをあかせる場が、なかなかないので、今後も当事者同士のグループは必要ではないかと思う。まったく初対面なのに、自分の体験を赤裸々に打ち明けられることができるのは、やはり、おなじこころの傷をおったもの同士だからではないだろうか。

 

11回 定例会・講演会 

平成17521日(土)午後1時30分〜4時30分

1 講演会 テーマ:「摂食障害はモンスターか」

〜親・兄弟(姉妹)・当事者・治療者それぞれの立場から〜

 

母親として、姉として、当事者として、父親としてそして治療者としてそれぞれ思っていることを出し合いました。

参加者は29名でした。初めに今後の予定や会計報告そして家族会の案内が行われ、T氏から今回のテーマがなぜ「摂食障害はモンスターか」になったかについて説明がありました。

つまりこれは前回の鈴木真理講師が口にしたものであり、自分の中にある症状などを外に出しておくものとして、自分とは違う存在としてモンスターと名づけたようです。そこでこのことばをてがかりに摂食障害の当事者や親、兄弟そして治療者はどのようにとらえているのかを、あまり構えずにすべて出し合おうという企画でした。

まず親の立場としてIさんが話し、娘が我を忘れて過食しているのをみてこれはなんとかしなければと思ったときは娘の状態はモンスターに見えました。しかし娘から「わたしのことをわかってくれていない」と攻撃された時にもしかしたら自分のそういう見方に問題があったのかもしれないということでした。

次に姉の立場としてTさんが話し、妹が一時同じような状態となったが両親はこの病態を知らないまま過ごしてきました。そしてわたしに助けを求めてきましたが、当初はモンスターに見えましたが、妹の悩みをとにかく聴いてあげました。いまは結婚して子育て中です。

次に当事者としてSさんが話しました。いろいろつらい時があって拒食のときそして過食の時、自分のせいで周りに迷惑をかけているなどと思う時はそれはまさしくモンスターであったこと、そして死にたい気持ちが強かったことなどが話され、そしてごく最近になって自分に合った仕事がみつかり、それを始めてからはモンスターとは思わなくていいのだと思えるようになりました。そのような変化は治療者に支えられてきたということでした。

次に男親の立場としてNさんが話しました。長い期間でしたが親子でなるべく話し合う機会を作ってきたこと、そしていまようやく脱しつつあることなどが伝えられました。そして最後に治療者のわたしでしたが、以下の3つのとらえ方ができると伝えました。

ひとつはまさしくモンスターの時期であり、この時は自分自身を制御できず、拒食や過食、嘔吐のみならず万引きやリストカットまでしてしまう。そういう自分は一体何なのだろう、得体のしれない存在として怖いモンスターのようなものとして受け止められる。拒食はあたかも自分を「こうでなければ」「35kg以下でなければ」などと身体に無理強いをしているわけで思考だけが肥大してしまい、身体がついていけず、感情も抑えられてしまう。これは誤った自己制御といえ、こころと身体のバランスがとれていないという点で真の自己制御ではない。そして親もそのようにとらえてしまいます。

次に反面教師としてのモンスターがいるだろうということ。とてもつらい存在ですが、その体験の中でいろいろなことに気づきを与えてくれるのではないかということ。つまりいろいろなエピソードを通して、「お父さん、お母さんはやはり自分のことを心配してくれているのだな」とか「結構真剣に生きようとしている自分がいるな」とか「生きることはやはり大事だな」とか「ひとや自分を愛することは大切なんだな」などと思えるようになる。

 最後にモンスターと思わなくなる時がくるということを話しました。つまりいまの自分を自己制御できていなくてもそのまま素直に受け入れようと思えるようになるということ。自分の中にいままで気づかなかったが人に感謝されたり、やさしい面があることに気づいたり、かけがえのない存在であることに気づいてくる。親もいままでモンスターと思っていた時期からそうではなくて娘をありのままに受け入れようと思えてくる。

というような話をして、スピーカー同士で話の内容を確認しあい、休憩を入れてからフロアーとの話し合いに入りました。何人かのお母さんがご自分の体験を語り、絶食療法の話にふれてどのような人が適応になり、摂食障害は本当に治るのかという質問がでました。

それに対して治療者のわたしからはやはりモンスターのような時期は当事者もどのような自分なのかがわからない。とくにどんどんやせて命の危険を伴うようなときには治療者と相談して、治療者も親も断固として本人の命を守るための入院も必要となることを伝えました。また絶食療法の適応になるのはある程度身体的に問題のない人、検査値も異常がみられないということが前提条件であることを伝えました。さらに次回の講師である竹内俊明先生は絶食療法を数多く行ってきた先生であることも付け加えました。

最後に末松先生から全体のコメントがあり、モンスターという形で自分の外に症状をおいてみる、つまり「外在化する」ことに意味があるという話がありました。

とても貴重な時間をもつことができ、参加された方も多くのことを学ぶことができたのではないかと思います。参加者が少なかったのは大変もったいないなと思いました。

わたし自身も多くのことを学ぶことができました。いつもは口数が少ない自分であったのに、今回はいっぱい話し、ついつい話過ぎてしまったことがあったと反省しています。ごめんなさい。(文責:渡邉直樹)

 

10回 定例会・講演会

平成17116日 午後1時30分〜4時30分

1 講演会 鈴木(堀田)眞理先生(政策大学院大学教授・東京女子医大)

 

大日本住友製薬の協力により、東京本社の会場をお借りしました。1時半からまず政策大学院大学教授で東京女子医大で摂食障害の治療にあたっておられる鈴木眞理先生に、内科医の立場からお話をいただきました。

拒食症が陥るさまざまな病態をまず説明してもらいました。いわゆる飢餓症候群といわれるもので、思考や記憶力の低下、脱毛やうぶ毛の密生、低血圧や徐脈、不整脈、便秘や痔核、カロチン血症や浮腫、唾液腺の腫脹や無月経などを分かりやすく説明してくれました。そして大事なことは家族や友人そして治療者などの周囲の人たちがやせや過食嘔吐という症状で苦しんでいる当事者の気持ちや事実を理解し、支えてあげることです。しかしまだまだ周囲からの働きかけがこの事実をうけいれない仕方になっています。まだ専門家の間でも摂食障害の病態を把握せずに「食べれば治る」とか「どこも悪くありません」と伝えて片付けてしまうところがあります。先生は治療のストラテジーとして以下の4つの点を重視します。

 

1) 信頼関係の構築・・・過食や嘔吐、あるいは万引きなどの問題行動があっても、責めることはせず当事者の気持ちを理解し、受容してあげることです。そしてサポーターに徹します。

2) 治療意欲の発掘・・・これだったらなんとかやっていけそうだというものを当事者と一緒にさがしあてます。

3) ストレスの除去・・・家庭や学校の状況も検討しストレスになるものを取り除きます。たとえば家庭内の無理解があれば両親にわかってもらうように働きかけます。

4) 安心できる場の確保・・・家庭や学校もそういう場になるように働きかけていきます。

 

参加者は30名ほどであったが、講演後に行われた分科会では、それぞれ切実な気持ちをだすことができたのではないかと思います。

 

また末松・渡邉はこの時間に個人的な相談に応じています

 

9回 定例会・講演会 

平成17515日 午後1時30分〜4時30分

1 講演会 「私が一緒に体験し、考えてきた摂食障害の患者さんたち」

堀口雅子先生 

 

主婦会館クリニック からだと心の相談室 産婦人科医師でいらっしゃる堀口雅子先生のご講演が行われました。 

堀口先生がかかわっていらした患者さんのお話を中心に、産婦人科医の立場からのご講演でした。堀口先生は、虎ノ門病院に30年間勤められ、思春期外来では、90%が摂食障害の患者さんという中で、治療をされていらした大ベテランの先生です。産婦人科を受診される患者さんの主訴は主に、月経不順、食欲不振、やせなどで、体重減少性無月経の場合、体重減少の誘因を除去し、体重の増加に努め、体重増加する場合はホルモン治療などをします。体重が増えず、問題が大きければ精神科・心療内科に依頼をします。摂食障害の場合、何科にまずかかったらいいのか?というのが迷われる点です。婦人科の欠点として、体重が少なくても月経をおこす治療をするので、心理面などのケアがありません。精神科の場合、体重が戻れば、月経がくるという考えがありますが、あるところまで改善したら、ぜひホルモン剤投与が望まれるそうです。摂食障害の場合の月経誘発の基準は、基準体重の30%以上です。先生が親御さんに望むことは、ホルモン剤をこわがらないでほしいということと、薬で月経がきたからといって、治ったとは思わないでほしいということです。 

何故、月経を起こすのか?ということに関しては、月経は健康のバロメーターであり、月経を起こすためのエストロジェンというホルモンが、血液中のカルシウムを運ぶ役割をしているので、骨粗しょう症にならないためにも必要なのです。 

体重減少性無月経のホルモン療法についての詳しく、わかりやすい説明がありました。 

月経を起こすには、卵胞ホルモンと、黄体ホルモンの2つのホルモンが必要です。この2つのホルモンの投与が必要な第二度無月経と、黄体ホルモンのみ必要な第一度無月経で、ホルモン投与の方法が違ってくるそうです。先生は、無事に妊娠・出産まで可能になったいくつかの事例をお話されました。最後に、どうしてもいっておきたいこととして、性感染症と性行為についてお話されました。性行為をする場合は、お互い検査をしてから行ってほしいということと、もし結果がわからない場合は、オールコンドームでやってほしいこと。オーラルSEXは、菌が入り、肺炎になることもある、ということなど、現代の性行為についての注意点を話されました。 

非常に具体的な先生のお話に、フロアの方々は熱心に聞いていました。

フロアから、山岡先生が、患者さんが子どもが欲しいといってきた場合、治療の途中でも、出産を許可している、そのことが治療的にもよいということを話されていました。

 

第2部の分科会では2つのグループにわかれ、話をしました。性についての話なども行われ、堀口先生から自分の身体を大切にするようにとのコメントがありました。

 

8回 定例会・講演会 

平成16年11月21日(日) 午後1時30分〜4時30分

1  講演会 「摂食障害の回復とネットワークーあゆみの会の事例からー」

生野照子先生

 

神戸女学院大学人間科学部、あべのクリニック 生野照子先生の講演が行われました。 

パワーポイントを使ってのご説明。最初に、摂食障害の発症の増加についてのお話。現在では、摂食障害は、特別な病気ではなく、誰でもがなりうるCommon illnessであると、ご説明されました。このため、医師だけではなく、看護師、ソーシャルワーカー、栄養士、心理士、家族、自助グループなどが役割分担をし、色々な立場から、摂食障害を考えていくことが必要ということでした。その際、専門家の知識だけで治るものではなく、答えは、必ず「当事者の方にある」ということを強調されていました。

 次に、実際、生野先生がされている、グループについての詳しく、わかりやすい説明がなされました。生野先生は、グループも1つではなく、多層的システムが必要、と話されました。生野先生のされているグループは、具体的には、診療である「個別治療」、クリニック内でのクローズドの「グループミーティング」、250人〜300人の中規模の「セルフヘルプグループ(あゆみの会)」、グループ同士のネットワークである500人くらいの「グループネットワーク(日本摂食障害ネットワーク)」があります。また、生野先生の学生の方たちが、中高生にダイエットなどをテーマにした、ドラマを演じることで、予防活動も行っているそうです。この多層的システムにより、当事者の方々は、現在の自分に合ったグループに参加し、主治医の先生以外の先生の話を聞くことができたり、小さいグループから大きいグループを行き来することで、視野を広げることができます。専門家に頼らなくとも、グループに参加することで、答えや選択肢を自分で見つけ、それを個別の治療に持ち帰ることができ、非常に効率的に治療を進めることができているようです。

 次のお話は、摂食障害の特徴でした。拒食期の「恐れ(体重増加についての恐れ・不安など)」についてのご説明と、過食期の「怒り(自分・病気・他人への怒り、攻撃・抑うつ)」についてのご説明でした。摂食障害が、長期化する要因の説明もあり、本人の揺れ動きに対して周りの人が、「揺れ動きが大事」という視点で、サポートすることの必要性を話されました。また、摂食障害が生むプラス(適応規制)の要素を話され、過食の人は、食べながら、食べ方をマスターする、というように、「病気を使いこなしてみよう」という大変たのもしい、より当事者の立場に立ったお話を聞くことができました。

 最後は「回復について」のお話でした。回復とは、ある時期からおこるのではなく、発症時からの継続的なプロセスと、先生は考えていらっしゃいます。周りの人間は、日々の小さな前進の徴候を敏感に察知して、見逃さず、丁寧に本人にフィードバックしていくことが必要だと話されました。例として、昨日パンを11個食べ、今日はパンを10個食べた。という本人に対して、周りの人は、パンが1個減ったことを評価し、本人にフィードバックし、それを本人の自信につなげることが大切で、この「積み立て貯金」なるものを増やしていくことが回復に向かうプロセスであるというお話でした。また、人生の出来事を山に例えると、人生、登るべき山は沢山あるけれど、摂食障害はその沢山の山のひとつである、その山を登ったことで素晴らしい体験をすることもできる。また、どんな山かを事前に知ることで、登らなくてもすむ場合もある、ということが話されました。

 生野先生の熱のこもった話し方と、わかりやすい例を交えたお話に、会場の方も大変熱心に聞いていました。

 

第2部 生野先生を囲んでおしゃべり

 第2部は、丸くなって、生野先生はじめ、末松先生、渡邉先生、山岡先生からの貴重なコメントをいただきながら、当事者、家族、関係者、皆がそれぞれ話したいこと、疑問に思っていたことをざっくばらんにお話しました。

 先生方からのコメントから、「予防」は、病気の知識、事実をあらかじめ知っておくことで、リスクを知ることができ、あえてその山を登るかどうかを考えることもできる。その際、事実を1面的にとらえるのではなく、当事者の気持ちにも目を向けていくことが大切というお話がされました。

また、食欲には、生物学的な食欲と、心理的な愛情欲求と2つあり、前者は、低血糖を引き起こしているので、食べることが必要だが、後者は、食べ物を与えるのではなく、20分くらいは、親が抱いてあげる、などのアドバイスもありました。薬についてのお話もあり、薬物を飲んでもらうことで、過食が減り、コミュニケーションが増える、というお話しもされました。

最後に、回りにいる人たちは、食べることを治す、という見方ではなく、象徴であるととらえて、答えを見つけようと思うより、一緒に歩む、という姿勢が必要であると話されました。いいか、悪いかではなく、一緒に考えていることが、すでに答えに向かっていることだそうです。焦らずに、近くを見たり、遠くを見たりしながらのんびり進みましょう。と話されました。

 生野先生は自らの経験を踏まえて自らの立脚点をわかりやすく説明してくれた。まず摂食障害は病気ではなく、誰もがなり得るCommon Illness であるという。以前は登校拒否として病気というとらえかたか゜強かったが、現在では状態像をあらわす不登校ということばに似ているという。

   ご自分のクリニックではまず医師と心理士、そしてソーシャルワーカーそして当事者とその家族がそれぞれの立場から自分たちの気持ちや考えを出し合い、それぞれの立場からの意見を出し合う。そして最終的にはどのようなことをしていくかは当事者そして家族が決めていくことだという。その際にもっともたよりになるのは自らが体験し、様々な課題を乗り越え現在に至っているピアグループすなわちすでに同じ体験をした仲間の存在であるという。専門家だけあるいは当事者だけという分け方は現在通用しなくなってきており、当事者が専門家になったりという事態や当事者が親になったりという事態が生じているという。

   個人を支える様々なグループが現在活動しており、そのひとつが「あゆみの会」であり、250-300人の会員がいるという、さらに全国的な日本摂食障害ネットワークの活動があり、最近行った会合には500人近くの人たちが集まったという。

   拒食の特徴は様々な事柄に対する恐れであるという。例えば周囲の関心や保護を失うのではないか、コントロールを失うのではないか、現状が悪化するのではないか、感情がおしよせてくるのではないか、そして適応規制としての現状をうしなうのではないかという心配事である。そして結果としては体重が増加し、そのことに対する不安や虚勢が現れるという。

   次に過食の特徴は以下の事柄に対する「怒り」であるという。すなわちダイエットに失敗したり、すべてが中途半端であったり、周囲にとって厄介者になってしまっているととらえ、自己や病気、他者への怒りや攻撃そして抑うつの感情が出現するという。

   回復する力はみずからに備わっている。しかし問題はそのような方向に向かう当事者を受け入れようとしない社会の存在であるという。まだまだ社会に対して鎧を着て闘っていかなければならない。その際に助けになるのがピアグループの存在であるという。

l 前半はこのような講演が行われ、後半は生野先生を囲んで参加者がそれぞれ意見を出し合った。生野先生のお話の中でとても大切に思ったのは摂食障害を病気ととらえずに困難なけわしい山を一歩一歩歩んでいるような体験としてとらえ、このような障害があるからこそ見えてくる様々な発見があり、ある意味ではとても貴重な体験であるという。その人の感性をみがき、人間的にも豊かな体験ではないかという。従って障害ということばが適切であるかどうか疑問であるという。

 

 

生野先生のご著書:

小児心身症とその関連疾患(医学書院)

拒食症・過食症とは(芽ばえ社)

過食症からの脱出(女子栄養大学出版部)

子どもの病気(ルック)

子どもの叫び(大阪書籍)

 

参加者は30名以上となり、ほぼ会場はいっぱいとなった。当事者の方、家族の方、学生、そして専門家の人たちなど様々な分野の人たちが意見を出し合い、有意義な会となった。

 

 


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