①芸能生活主な出来事

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資料:アルバムコレクション佐々木功・ネット情報Wikipedia・いさおランド・ささきいさおオフィシャルサイト
出来事  2017/8/18現在
アニメ100周年を記念したアニバーサリーソング「アニメNEXT100」の公式ソング「翼を持つ者 〜Not an angel Just a dreamer〜」に参加。参加アーティスト23人。2017/10/25発売CDプラスDVD。
2017/8/13ライブ「スーパーアニソン魂2017」にて手術後仕事復帰。
明日夢みて、われらガッチャマン、ガッチャマンファイター、戦え! ポリマー、銀河鉄道999、宇宙戦艦ヤマトを熱唱。
「舞台に立ってみなさんに会うのができなくなるのかと思いました。一歩間違えると半身不随になる手術でしたが、優秀な先生に出会い、無事に帰って来られました」とコメント。
2017/7/2(手術日)長年の腰の痛みに手術を決断。「腰椎変性すべり症、第3~5椎管の固定術」手術。9日後に退院。
2017/5/21長良グループ、コロムビア主催。ささきいさお生誕75周年カラオケ大会開催。同時に記念ライブ開催13曲熱唱。
2016/9/28 55周年記念アルバムMOMENT〜今の向こうの今を〜を発売。
2016/6/11海鷲特別企画 ~英雄たち~ ささきいさお&森功至 スペシャルイベント開催
2016/5/25発売今の向こうの今を(デビュー55周年記念シングル詩・畑亜貴、曲・黒須克彦)
2016/3/6「ささきいさおデビュー55周年記念スペシャルライブ・アンコール」2015/5/17のライブが即日完売の大好評だったため、アンコールライブを開催。
2015/9/7ミッドナイトデカレンジャー 10 YEARS AFTER/悠久浪漫 発売「ミッドナイトデカレンジャー 10 YEARS AFTER」「特捜戦隊デカレンジャー」放送終了10年を記念したVシネマ「特捜戦隊デカレンジャー 10 YEARS AFTER」のEDテーマとしてニューレコーディング。カップリングには、自身が作詞を手掛けた最新オリジナル楽曲「悠久浪漫」(作詞:ささきいさお/補作詞:藤林聖子/作曲:鈴木キサブロー/編曲:山下康介)
2015/5/17「ささきいさお デビュー55周年記念バースデーライブ」
2015/4/1CD「ベスト・オブ・ベストささきいさお」発売
2015年東京アニメアワードフェスティバル2015.アニメ功労部門賞
2015/3/4シルベスター・スタローン主演『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション 最強日本語吹き替え版 プレミア試写会』ミニトークイベント
2014/11/27ナイトライダー コンプリート ブルーレイBOX発売
TV未放送の10エピソードを当時のオリジナルキャストで新たに吹替収録日本語吹替新録エピソード〉
2014/8〜9「スーパーマン」旧4部作、ノーカット日本語吹替完全放送!WOWO「土曜吹替劇場」「スーパーマン最強の敵」追加録音版
2014/6/1「六本木大決戦!ロボット軍団Z まんがまつり 水木一郎 対 ささきいさお」
2012/9/15ささきいさおアニソン・プレミアム・ファンミーティング2012六本木 The 1633 tokyo
2012/4/25新作アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』
主題歌宇宙戦艦ヤマト新バージョン、真赤なスカーフ新バージョンCD発売
2011/8/27 アニメソングの祭典“アニメロサマーライブ2011サプライズゲスト出演
2011/8/6映画「海賊戦隊ゴーカイジャー THE MOVIE 空飛ぶ幽霊船」(東映)幽霊 ガツン役(声の出演)挿入歌
2011/4/1映画「オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー」(東映) 白衣の男(ナオキ) 役
2011年声優業での長年の活躍を評価され、第5回声優アワード功労賞3/5授賞式
2011/2/3デビュー50周年コンサート【会場】アメリカ、ニューヨーク カーネギーホール(小ホール)ささきいさおデビュー50周年コンサート
2011/1/2「ささきいさおデビュー50周年記念特別公演 新春アニソン・スーパー・ステージ 2011」【会場】渋谷C.C.Lemonホール 
2010/12/23「~ささきいさおデビュー50周年記念~TV主題歌全集」DVD発売記念イベント【会場】石丸SOFT本店 7F(秋葉原)ミニライブ 握手会
2010/12/22、50周年記念「ささきいさおTV主題歌大全集」DVD発売
2010/12/8朗読劇 「LOVE LETTERS 20th Anniversary Christmas Special」
2010/12/1映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」(東宝)ナレーション 上田みゆきさんはスターシャの声
2010/8/7香港公演Sasaki Isao Live in Hong Kong 2010【会場】九龍湾国際展覧中心6樓
2010//7/7 芸能生活50周年記念版としてコロムビア・ミュージックETより『風の会話』『死ぬほど抱きしめて』のカップリングCDが7月7日に発売
2010/5/26、50周年の記念版として、雪の慕情、名曲『おまえに』とのカップリングでCD発売
2008/4/13徳警察署の一日署長 春の交通安全
2005/12/5The FCCJ Presents 2005 Concert Series Ⅵ Elvis Presley's 70ht Birth-year Concert Isao Sasaki on Stage!日本外国特派員協会の主催のコンサート【会場】有楽町電気ビルクラブルーム
2005/11/3デビュー45周年記念『ささきいさお ベスト銀河航海誌』CD発売記念イベント
2005/9/28デビュー45周年記念盤ささきいさおベスト 銀河航海誌発売
2006/7/2、45周年記念コンサートささきいさお コンサート 【会場】麻生市民館ホール
2005/9/7宮城スタジアムにおいて、サッカー「日本対ホンジュラス」戦の開始前のセレモニーで「君が代」を独唱
2005/8/21C3×HOBBY キャラホビ2005「ささきいさお 45周年 Anniversary Live in キャラホビ」
2005/5/25半熟前夜祭『半熟英雄4~7人の半熟英雄~』完成&発売記念イベント
2005/1/20アニメで救おう!「新潟県中越地震被災者支援チャリティーコンサート」
2004/9/11特捜戦隊デカレンジャー THE MOVIE フルブラスト・アクションマイケル・マイクソン声
2004シャンテ公演『シャンテの夕べ』『ラブラブラブ』音楽に合わせて、感情をこめて、ドラマティックに歌詞を朗読する新しい表現、シャンテ。CDBOOK発売。
2004/4(有)いさお企画との提携関係をやめ個人として長良プロに所属
2004/2月・3月 象だゾウ NHKみんなのうたで放送 2004/3/8CD付き絵本象だゾウ発売
2004/2〜2005/1特捜戦隊デカレンジャー EDミッドナイト デカレンジャー歌唱2004/3/3CD発売
2003/4/23 プレステーション2ゲーム半熟英雄 主題歌 「戦え!半熟英雄/黄身なしでは・・・ 」CD発売
2003/11/19 ライブコンサート『ISAO SASAKI-My Way-』JZ Brat渋谷セルリアンタワー2F
2003/10/29『銀河鉄道物語』の主題歌CD発売
2003/4/26大河ドラマ「葵」で演じた細川忠興候の墓参
2003/4/1芸名を平仮名の「ささき いさお」に統一
2003/2〜2005麒麟戦隊アミノレンジャーCMソング
2002/2長良グループに所属(有)いさお企画との提携関係
2002/2/25松本零士氏の受章祝賀パーティー
2002 EPSON「カラリオ・プリンタ」CMソングどキレイーのテーマ 2002/9/25CD発売
2001/7/7ささきいさおオフィシャルサイト開設
2001/2月舞台「女たちの宴」(三越劇場)吉川公夫役
2000/11/18コロムビア盤「-40th Anniversary-佐々木功ソングブック グレイテスト・ベスト」CD発売
2000/11/22バップ盤「-40th Anniversary-佐々木功ソングブック トライアル・ベスト」CD発売
2000/7/20 プレステーションゲーム タツノコファイト!  主題歌「タツノコファイト!SONG COLLECTION ORIGINAL SOUNDTRACK」 CD発売
2000/3/12「いつみても波瀾万丈」出演。
2000/2/28NHK「ふたりのビッグショー燃えろイサオ怒濤の60年代ヒット曲決定版!」尾藤イサオと競演。
2000/1月からNHK大河ドラマ『葵』 徳川三代 細川忠興役。
1999/6/21『ウルトラセブンの歌99』 バップ発売。 
1999/6/15・22『古畑任三郎』 最終回・前後編 武藤田役。
1999/3/25『ゲッピーX』 東芝EMI発売。
1999/3/20 『佐々木功デラックス・コレクション』 5枚組 CDコロムビア 発売。
1999/4/28・5/5NHKドラマ『緋が走る』鬼頭三郎役。
1999/1/20『鶴亀ワルツ』 ゲスト出演カラオケの講師神崎五郎役。
1998/5/10NHK大河ドラマ「徳川慶喜」脇坂中務大輔安宅役
1998/9/2NHKスタジオパーク出演。
1998/6/20『佐々木功シングル・コレクション』 5枚組CD コロムビア は発売。
1998/1/21ゲキガンガー発売。今頃からアニメの歌の仕事が増え始める同時にゲーム主題歌の依頼がくるようになる。
1997/4/7〜NHK朝のテレビ小説 「あぐり」津島先生役レギュラー
1997/10/15『雪の慕情・ れた恋人』(吉田正 五十周年記念曲) ビクターより発売。
1995/1月大河ドラマ「八台将軍吉宗」奉行役で出演。 
1995〜1997年8月ミュージカル『シンデレラ』3年連続出演王様役。
1995年NHKラジオ「土曜サロン」パーソナリティ。
1992年3月舞台「アンの青春」出演。ステファン・アーヴィング役
1991年7月舞台「ポタージュナイト」出演。秋田 県 役
1990年米国ドラマ「美女と野獣」アテレコ主演レギュラー。
1990年10月舞台「口から耳へ耳から口へ」出演。
1990年8月舞台「僕のシンデレラ」
1987/4/21久しぶりの特撮主題歌メタルダー「君の青春は輝いているか」発売。
1986年子連れ結婚で起こった様々なことを綴った本。『子連れ再婚の片道切符』講談社刊・上田みゆき共著出版。この本が話題を呼び、マスコミに取り上げられる。
1983年公認佐々木功ファンクラブ解散。この頃からアニメの仕事が減り、歌手、司会、DJ、役者など幅広い活動に変わっていった。
1985/3/15〜「巨獣特捜ジャスピオン」南原健一郎役レギュラー。
1983/7月「あしながおじさん」公演。ジャービス・ペンドルトン(あしながおじさん) 役。
1983/2/1「古代とヤマト」「ヤマトの賦−海神−」宇宙戦艦ヤマト完結編 発売。
1982/12月グループえとせとら公演第2回、「地下道のメロディ」佐々木功作演出。
1982/9/26 〜米国ドラマ「ナイト・ライダー」アテレコ主役レギュラー。マイケル・ナイト役
1982/5/21アダルトロックアルバム「デイドリーム」発売。
1982年81プロデュース公演「友達」演出
1981/12/5「原野行 旅人たちの伝説」イメージアルバム発売。
1981/11/14〜11/19 81プロデュース公演「ぶらんこ・父の肖像」演出。
1981年米国ドラマ「宇宙母艦ギャラクティカ」アテレコレギュラー。 アポロ大尉役。
1981/2/1ガッチャマンで知り合った上田みゆきさんとお互いに子連れで再婚。4人家族になる。
当時お互いどうし子連れで再婚が珍しくマスコミに取り上げられる。夫妻での仕事が増えていく。
1980/12/6〜12/7ガッチャマンの俳優どうしで集まったグループえとせとら公演、「自動車狂騒曲」佐々木功作演出。
1980/9/1〜TVドラマ生徒諸君レギュラー。北城誠士(ナッキーの父)役
1980/8/8日本橋三越デパート三越ロイヤルシアター佐々木功ワンマンショー。
1980/3/27徹子の部屋ゲスト出演。
1980年米国ドラマ「ダラス」アテレコレギュラー ボビー・ユーイング役
1979/12/8〜12/23舞台「あなただけ今晩は」ネストール&オスカール二役。
1979/10/7〜「科学忍者隊ガッチャマンF」コンドルのジョー役、主題歌。
1979/9/10「アルバムコレクション佐々木功」発刊。ファンが作ったファンブック
1979/4月TBS「ペア対抗クイズ合戦」司会。
1979/3/23科学技術館で行われたイベントで紀宮清子内親王のご所望により御前で宇宙戦艦ヤマトを歌う。サインを差し上げる。
1978/10/1〜「科学忍者隊ガッチャマンⅡ」コンドルのジョー役、主題歌、エンディング。
1978/10月TBS「ウィークエンドナウ」司会を担当。
1978/10/14〜「宇宙戦艦ヤマト2」斉藤始役
1978/8/5「さらば宇宙戦艦ヤマト」公開。斉藤始役。
1978/7/25「さらば宇宙戦艦ヤマトイメージソング・好敵手、テレサよ永遠に」発売
1978/7/15劇場版「科学忍者隊ガッチャマン」公開。
1978/4/9〜ラジオ版ガッチャマン放送開始。
1978/4/5〜文化放送が力を入れたラジオ新番組「ペパーミントストリート青春大通り」の水曜パーソナリティを担当。
1978/3/28東京読売ホールにて「アニメフェスティバル」佐々木功のラジオ番組が発端になり開催。瞬時にチケット完売立ち見が出るほどたっだ。
このショーが基本になって数々の声優、アニメ歌手のショーが開かれるようになる。
1978/3/4から4週にわたって放送Gメン75 ヨーロッパロケ編 田口文男役
1978/1月Gメン75ヨーロッパロケ参加。
1977/10/6から文化放送ラジオ番組「セイヤング」の水曜日のパーソナリティを勤めるが、開局以来の葉書が殺到。1カ月の予定だったが人気のため期間が3ヶ月間の延長になった。影の主役と言われた声優などをゲスト招き、ファンとの架け橋になった。アニメブームの牽引車的役割をはたしていた。
セイヤング内で、11/10ガッチャマン大会でファンから投稿されたBL風のガッチャマンのパロディをオリジナルキャストで演じる。現在のアニメカテゴリー元になる活動を行っていた。
セイヤング内で12/1ラジオドラマスペースファンタジー エメラルダスを放送。
1977年「科学忍者隊ガッチャマンオリジナルサウンドトラック盤」LP発売のため「一緒に歩こうこの道を」「さらば友よ」作詞作曲する。
科学忍者隊ガッチャマンオリジナルサウンドトラック盤のキャンペーンのために各地を回り、ガッチャマンのキャストも壇上に上がり歌を唄った。この様なイベントは声優が歌を舞台上で歌う原型になった。そしてアニメファンを対象としたステージが組まれるようになりその中心には必ずささきいさおがいた。 
1977/10/25「科学忍隊ガッチャマンサウンドトラック盤発売。
1977/8/6映画「宇宙戦艦ヤマト」公開。
視聴率低迷で終わった宇宙戦艦ヤマトであったが再放送で人気があがりファンの力で年映画「宇宙戦艦ヤマト」が公開される。日本中にヤマトブームが起こり主題歌も大ヒットした。マスコミもこぞって佐々木功再浮上と取り上げた。テレビ出演、ラジオ、雑誌取材とひっきりなしだった。
1976/8月公認佐々木功ファンクラブ発足。
1979/4月新宿伊勢丹屋上イベントでコンドルのジョー役声優、アニメ歌手としての人気が大ブレイク。女子学生が押し寄せ大混雑に。定期的に伊勢丹の屋上でささきいさおショーが開かれるようになる。開くイベント佐々木功の行くところ、ファンであふれかえった。
1979/4月ユネスコ村イベントアニメ歌手ささきいさおでステージに立つ。
1976/3月アニメ歌手として水木一郎、堀江美都子らとテレビ出演。大反響を呼ぶ
「秘密戦隊ゴレンジャー」が大ヒット。マスコミも取り上げるようになる。
1976年アニメブームの前ぶれとしてアニメファンジン活動が活発化し、インタビューをうけるようになる。
1975/10/1UFOロボグレンダイザー、主題歌、エンディング発売。
1975年8月離婚。学君を連れて千葉県市川市の実家へ。
同時期8月芝居を考え直すため「新劇人クラブ・マールイ」を辞める。気の進まないTVの仕事も断って、アニメの歌とアテレコの仕事以外はせずに、人生を考えていた。
1975/7月東映まんが祭り「宇宙円盤大戦争」公開デュークフリード役。主題歌も歌う。
1975/4/10「進め!ゴレンジャー」「秘密戦隊ゴレンジャー」発売。
1974/11/10運命の「宇宙戦艦ヤマト」「真赤なスカーフ」発売。
1974/10/1「破裏拳ポリマー」「戦え!ポリマー」「転身ポリマー 」 発売。
1974/9/29「科学忍者隊ガッチャマン」終了。コンドルのジョーの人気が沸騰し始める。
1974/8月帝国劇場上演の舞台「真夏の夜の夢」ディミートリアス役。舞台にも大役が付くようになる。
1974/4/10ゲッターロボ「ゲッターロボ!」「合体!ゲッターロボ」発売。
1973/9/25「新造人間キャシャーン」「 たたかえ!キャシャーン」「 おれは新造人間 」発売アニメ歌手としてデビュー。
1973年ガッチャマンのパーティでガッチャマンの主題歌を歌った事がきっかけで、アニメ主題歌を歌わないかとコロムビアからオファーがあり、竜の子プロの社長吉田竜夫の薦めもあって、竜の子プロの新番組「新造人間キャシャーン」の主題歌を古巣コロムビアで歌うことになる。
 アニメを唄う際に芸名をキャシャーンの主人公「東鉄也」にする案もあったがひらがなの「ささき いさお」に決定し、ここにアニメ歌手ささき いさおが誕生した。
1972/10/1「科学忍者隊ガッチャマン」放送開始。
1972年録音ディレクター水元完氏に推薦されて、竜の子プロのアニメ作品「科学忍者隊ガッチャマン」のオーディションを受ける。コンドルのジョー役に決まる。
1968年、二十歳の時に出演した「そして誰もいなくなった」舞台で共演した金子信雄主催の「新劇人クラブ・マールイ」に所属。
 新劇の世界へ。
 舞台をやりながら食べるために洋画のアテレコ、テレビ出演の役どころがキーハンターなどでの犯人役などが多くなる。
1968/1月長男学(がく)くん誕生。 
1975年レギュラー番組で一緒だったカバーガールだった女性と結婚。
 この頃から、発声などを基礎から勉強を始める。
1964年にはコロムビアからクラウンに移籍。4曲出すがぱっとしなかった。
1963年頃映画ヌーベルバーグブームも去り、ロカビリーもグループサウンズの人気に押されていった。年々レコードの発売も減っていった。唄う場所も無くなっていく。松竹との契約も終わり、東洋企画へもどる。
1962年頃当時日本に25台しか輸入してなかったポルシェを購入する。
1962年佐々木功とロリーポップを結成。ジャズ喫茶掛け持ち出演の多忙を極めた。
1961年〜1962年この期間にシングル9枚発売、映画7本に出演。テレビレギュラー「7時に逢いましょう」。 もはや押しも押されもせ 大スターになっていた。
1960/2月「佐々木功の真昼の罠」主演作公開。プレスリーに似た容姿と声で和製プレスリーと評判になりスターになっていく。
1960/10/30「太陽が目にしみる」主演作公開。
1960年松竹映画と年6本主役で契約。
1960/8/9ヌーベルバーグの旗頭大島渚監督作「太陽の墓場」で初主役公開。
1960/7月「本命はおまえだ」でレコードデビュー。
1960/7/6「ろくでなし」公開。脇役で俳優デビュー。主題歌のろくでなしを唄っているらしいが詳細は不明。
1960/1/9「傷だらけの掟」公開。
1959年日活映画「傷だらけの掟」にジャズ喫茶にたむろする少年役で出演。
1959年ホリプロの創業者・(現ファウンダー最高顧問)堀威夫のプロダクション東洋企画(ホリプロの前身)所属の故・相澤 秀禎(サンミュージックの創業者)のバンド、ウエスタンキャラバンに所属することになった。その二週間後には持ち歌三曲でジャズ喫茶に出演。
1959年友人のすすめで、NYV「素人のどくらべ」に出演した。
見事鐘が鳴り、合格をしてしまった。ちょうど、勉強が面白くなくなってきた時期でもあり、母親の後押しもあって、当時の法務大臣だった大伯父がコロムビアレコードに紹介、コロムビア入りがきまり佐々木功の芸能生活がはじまったのである。
1959年東大を目指す武蔵高等学校の17歳の青年が自作のオーディオを鳴らすために当時大人気だったエルビスプレスリーの「アイ・ニード・ユア・ラブ・トゥナイト」を買い、毎日聞いていた。その曲をすっかりコピーしてしまった青年は学校などでプレスリーの物まねをして見せるようになる。
始まりは1959年
1942年5月16日東京都目黒区駒場生まれ、三人兄弟の真ん中。その後疎開、先祖父の出身地宮城県登米(とめ)へ。終戦の年、三歳の時東京の駒場へ戻る。小学二年生の時父親が亀戸に建材、建具を扱う木工所を始める、母と功氏だけが亀戸に移り兄と弟は駒場に残る。小学三年の時、暁星小学校に転校。常にクラスの三番以内の成績。中学からは東大を目指し武蔵中へ。中学一年一学期の時学年一位に。