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高次脳機能障害とは(一般の方向けの解説)

一般の方向けの高次脳機能障害についての解説です。会話形式で作成しています。

 医療にあまり詳しくないQさんが作業療法士のPに高次脳機能障害について話を聞いています。

Q:高次脳機能障害というのはどんな症状なのですか?

P;そうですね。例えば脳卒中(のうそっちゅう)になった人を考えてみましょうか。Qさんは脳卒中という病気をご存じですか?

Q;脳の血管が破れたり詰まったりして、片方の手足が動かなくなる病気の事でしょうか?

P;おっしゃるとおりです。片方の手足が動かなくなる事を専門用語で「片麻痺(かたまひ)」といいますが、脳卒中になると多くの方は片麻痺の症状が起こります。この身体の麻痺は 「目に見える」為に一般の方にも分かりやすいと思います。しかし、そのほかにも「不思議」としか思えないような症状が出現する事があります。

Q;不思議と言いますと?

P;「話す」、「服を着る」、「料理を作る」、といった 私たちが普段なにげなく行っている事がうまく出来なくなるのです。そしてこれらの症状を「高次脳機能障害」というのです。

Q;話が出来なくなると困りますね。

P;はい、それは「失語(しつご)」という症状です。
失語にもいくつかタイプがありますが、話が出来なくなる運動性失語、話されている内容が理解できなくなる感覚性失語が有名です。

Q;話が出来なくなるというのは 口に麻痺がおこったからなのでしょうか?

P;口に麻痺が起こる場合もありますが、それは「構音障害(こうおんしょうがい)」と言いまして、失語とは異なる症状です。構音障害の場合はいわゆる「ろれつが回らない」状態で、聞き取りにくくはなってもコミュニケーションは十分可能です。
しかし、運動性失語の場合は 口に麻痺が無くても言葉が出にくくなります。まったく話せなくなると言うより、「あれ、あれ」 という言葉しか言えなくなったり、何を見ても「ハサミ」などと と言ってしまう場合などがあります。
本人はハサミが何であるかを知っており、目の前のものが 例えば鉛筆だと分かっていても、言葉が出なかったり、「ハサミ」 と言ってしまうのです。

Q;ということは感覚性失語の場合も耳が聞こえない訳ではないのですね。

P;おっしゃるとおりです。耳の機能自体は正常なのですが、人が話している事を理解しにくくなるのです。
ただし、感覚性失語かと思っていたら 単に意識がはっきりしていないとか、難聴がひどかっただけだったというケースもありますから 注意が必要です。

口や耳といった、音を発したり聞くという基本的な部分ではなく、より高次の働きをしている脳の部分が障害を受けることによって 失語という高次脳機能障害が現れるのです。
字が読めなくなったり、書けなくなる症状も起こる事があります。これも目や手に問題があるのではなく、より高次の脳の機能が障害される為に起こる事なのです。

 

Q;より高次の働きをしている脳の障害ですか・・・。あまりよく分からないのですが。

P;じゃあ、別の例をあげてみましょうか。
例えば食事をする時に お膳の左側に置かれているお皿のものだけを 食べ残してしまう方がいらっしゃいます。

Q;それは左目が見えないとか、単に食欲がないだけではないのですか?

P;確かにそんなふうにも思えますよね。
しかし、左目を閉じてみて下さい。確かに左側の見える範囲が減ってしまいますが、左が見えにくい事を実感出来ると思いますし、見えない部分は首を回して見ようとするでしょう。

Q;確かにそうですね。

P;「左にあるお皿のものを食べていませんよ」と言っても、本人は 「全部食べています」 と言い張ります。本人には左側を食べ残しているという自覚がないのです。ところがお皿を右側に移してあげると、きちんとお皿を認識して食べる事が出来るのです。

この様な症状を「左半側無視(ひだりはんそくむし)」 と言います。これは「失認(しつにん)」という症状の一つです。もちろん見える範囲が狭くなる「視野障害(しやしょうがい)」も実際に起こりますが、この場合は見えにくい事を本人が自覚してそれを補う動作を自然に行うようになります。
半側無視の場合は「見えない事自体」を本人が自覚出来ない所に問題があるのです。失語の場合は問題がある事を本人が自覚されている事が多いのですが・・・。
付け加えて言うと、「右半側無視」もあるのですが、あまり目立たなかったり、早期に改善する事が多いようです。

 

Q:では、先ほど「服を着る」という例えがありましたが、服を着る事が出来なくなる場合もあるわけですか?

P;はい。それは「失行(しっこう)」という症状の一つです。特に服を着る事が出来なくなる症状を「着衣失行(ちゃくいしっこう)」と呼んでいます。

Q;やはりそれは身体の麻痺とは関係なく起こる症状なのですね?

P:そのとおりです。失行の場合はスプーンやハサミなどの道具が上手く使えない、動作がぎこちないといった症状が観察されるのですが、医療職にとっても非常に分かりにくい症状ではないかと思います。

 

Q;何となく分かってきたのですが、脳に起こった何らかの高次の障害の為に 身体の麻痺とは関係なく 話が出来なくなったり、服が着る事が出来なくなる。そして、それらを高次脳機能障害と呼ぶというなのででしょうか?

P;そうですね。以前は高次脳機能障害といえば失語、失行、失認が代表的なものだったのですが、最近では注意障害、記憶障害、遂行機能障害(すいこうきのうしょうがい)、社会的行動障害などに焦点が置かれるようになってきている面があります。

 

Q;何かいろんな症状が出来ましたね。では注意障害とはどのような症状を言うのでしょうか?

P;例えば車を運転する時の事を考えてみましょうか。Qさんは車の運転をする時、どんな事に注意して運転していますか?

Q;当然前を見て運転しますが、バックミラーやサイドミラーも時々確認します。スピードメーターも見ますし、道路標識も見ていますね。対向車、歩行者にも当然注意しています。

P;そうですね。一言で「注意」といっても 実は様々な機能を含んでいるのです。
集中すると同時に複数のものに注意を払うなど、状況に合わせて「注意」自体を使い分けているのです。しかし、全てに対して「注意」を払う事は出来ません。私たちはその都度 注意を向ける方向の選択や配分、分散などを適宜切り替えながら運転をしているのです。

Q;実は大変難しい事をやっているのですね。

P;そのとおりです。そして「注意」は全ての高次脳機能のベースになる部分であると共に、もっとも障害を受けやすい部分とも言えます。注意障害が起こると、気が散りやすい、作業のミスが多い、同時に複数の事が出来ないなどの症状がみられます。

もちろん、その前提となるのが「覚醒レベル」です。寝起きだったり、お酒を飲んでいるとぼーっとしていますよね。そういう状態では当然注意の機能も低下しています。
脳卒中などで脳に損傷をおった患者さんは、たとえ麻痺が無くとも覚醒レベルの低下が大なり小なりおこっている為、トイレに行こうとして転んだりする、など、イージーミスを起こしやすい状態にある事を意識すべきではないかと思います。

 

Q;次に記憶障害ですが、これは物覚えが悪くなると言う事ですか?

P;確かに一番目立つのは新しい事が覚えられないという事ですが、昔の事が思い出せなくなったり、ひどい時には家族の名前や自分の住所すら思い出せなくなる事があります。
過去の記憶の順番が分からなくなる事もあります。

「記憶」というものは意識レベルが正常でなければおこらないものです。発症前後の事は意識レベルの低下の為に記憶されていない事も多いので、周りの人は無理に思い出させない様にする配慮も必要かも知れません。

 

Q:遂行機能障害とは聞き慣れない言葉ですが、これはいったいどのような症状なのですか?

P;これは非常に説明しにくい症状なのですが、あるひとまとめの行動を順序よく、適切に行う機能の障害です。

遂行機能には「目標の設定」、「行為の計画」、「計画の実行」、「効果的な行動」という4つが必要であると言われています。

Q;ぴんとこないのですが、具体的に言いますと どのような症状が起きるのですか?

P;例えばカレーを作るのであれば、まず「カレーを作る」という目標の設定をしますね。

Q;そこから始まるのですか?

P;そうです。遂行機能障害の為に何にもせずにぼーっとしている人は、実は何をして良いのか、その計画すら立てられない場合があるのです。ですから、指示をしてあげると出来るのに、ほおっておくと何もしないので「やる気がないだけ」 と誤解される場合もあります。

Q;それは大変ですね。

P;そのとおりです。
さて、目標が出来たら行為の計画です。これには材料や道具は何が必要か、どれだけいるか、どんな手順で実行すればいいかということを考える事です。

Q;ということは肉、タマネギ、ルーなどの食材、お鍋や包丁などの調理器具を準備するということですね。

P;準備する前に頭で考えるという事です。それに どのような順番で作業を行うかという手順も考えなければいけませんね。

Q;計画の実行も出来なくなるのですか?

P;例えば材料を買いに行っても買い忘れがある、量が多かったり少なかったりするという症状が出る事があります。実際に調理する場面でも ジャガイモがうまくむけない、沸騰したらすぐにルーを入れてしまうなど、一見 不器用さや、いい加減さに見えるような症状がみられます。

Q;効果的な行動というのも よく分からないのですが。

P;計画の実行の部分と重なるのですが、焦げ付きそうになっても火を弱めない、など普通ならほとんど無意識に行っている柔軟な微調整が出来なくなるのです。先に触れた材料の購入場面で適切な分量の物がそろえられないのもこの部分の障害と重なる部分があると思います。
要領が悪くなると言っても良いかも知れません。

Q;要領が悪いというのは普通でもある事ですが、以前出来ていた事が出来なくなった事で初めてわかる事という事ですか?

P;その通りです。ですから患者さんの家族に以前(病前)はどのような方だったのか確認する事が不可欠となります。

 

Q;では、社会的行動障害ですが、これはどのような症状なのでしょうか。

P;これは対人関係の障害といっても良いかと思います。
以前はまじめで丁寧だった人が、怒りっぽくなったり 人の感情を逆撫でするような事を平気で言ったり、無為でだらしない生活を送ったりする様になってしまいます。これも病前がどうだったのかを確認する作業が不可欠となりますね。
しかも、この障害が起こると復職どころか基本的な社会生活さえ上手くできなくなる場合がある上に、こういった障害に対してどのように対処していくべきなのか、難しい面があるのです。

 

Q;お話を伺っていると、認知症の方もそんな風になる事があると思うのですが、認知症とは違うのですか?

P;おっしゃるとおり、認知症の方でも 重度になると服を着る事が出来なくなったり、お話が出来なくなる場合があります。性格が変わってしまう事もあります。
認知症の症状には 確かに高次脳機能障害も含まれるのですが、認知症は基本的には記憶障害が中心症状なのです。

Q;そのあたりの区別は難しそうですね。

P;そのとおりです。高次脳機能障害という症状が知られていなかった頃には、高次脳機能障害は認知症、あるいは精神病だと思われた事もあった様です。これらの境界線も実は曖昧ですね。
それから、遂行機能障害や社会的行動障害を持つ方は、知能テストでは正常範囲である事も多いのです。ですから、高次脳機能障害と認知症についてもきちんと区別するのは難しいところがありますね。

 

Q;本当に様々な症状が現れるのですね。これは脳卒中に限って起こる事なのでしょうか?

P;脳卒中に限らず、外傷性脳損傷(がいしょうせいのうそんしょう)、一酸化炭素中毒による低酸素脳症、脳腫瘍など、脳にダメージを引き起こす病気やケガであれば、高次脳機能障害が起こる可能性があります。

Q;外傷性脳損傷というと、交通事故で頭を打って起こるのでしょうか?

P;交通事故に限らず、転んだり、台から落ちて頭を打った場合でも起こる事があります。
外傷性脳損傷では、実は脳全体にダメージを受ける事も多いので、身体に麻痺が起こらなかった場合でも注意が必要です。なぜなら一見、元の状態と変わりないにもかかわらず、注意障害、記憶障害、遂行機能障害や社会的行動障害などが起こっている可能性があるからです。

Q;そうすると、「目に見えない障害」であるだけに 周りの人から「怠けている」とか、「やる気がない」と誤解される場合も出てきそうですね。

P;そのとおりです。特に外傷性脳損傷の場合には自分の障害に全く気がついていない場合があるので注意が必要です。先に左半側無視の所でも触れましたが、いわゆる「病識(びょうしき)」がない為、家族が注意しても自分は正しいと思っているのでそれを治そうとしなかったり、怒ったりすることがあります。診察やリハビリを拒否される場合もあります。

self(セルフ)-()awareness(アウェアネス)」という言葉があるのですが、自分自身への気付きといいますか、客観的に自分を見る事が出来なくなる障害ですね。
遂行機能障害における不器用さも「self(セルフ)-()monitoring(モニタリング)」、自分の行っている動作を監視し、評価する機能の障害とも言えるのではないかと思います。

Q;なるほど。これは大変難しい問題ですね。

 

P;それから、「高次脳機能障害」という言葉の使い方なのですが、実は医学的な意味と行政的な意味では、そのニュアンスが若干異なる事にも注意が必要かも知れません。

Q;といいますと?

P;厚生労働省が平成13年から取り組んでいる高次脳機能障害支援モデル事業、現在は高次脳機能障害支援普及事業となっていますが、ここで言う「高次脳機能障害」は特に外傷性脳損傷などで発生した障害、特に注意障害、記憶障害、遂行機能障害や社会的行動障害について重点を置いています。
これは身体の麻痺がない、あるいは非常に軽いにもかかわらず、高次脳機能障害が発生した方々に対してその診断や治療、リハビリ、社会的支援が遅れている事から取り組まれているのですが、同じ「高次脳機能障害」という言葉を使っていても以前の物とは微妙にニュアンスが異なっている場合があります。

ややこしいのですが、医学的な定義のなかに、特に注意障害などに重点を置く行政的な定義が含まれると言っても良いかも知れません。
高次脳機能障害に関係する様々な症状についてもその表現の違い(例;半側無視―半側空間無視―半側視空間失認など)、定義の微妙な違いなどがが大なり小なり存在している為、分かりにくくなっているのが現状です。
一般向けの講演会などに参加された場合、行政的な意味での「高次脳機能障害」を対象にした物が増えている為、こういったわずかな違いを知っていた方が良いかもしれませんね。

 

*高次脳機能障害についてはまだまだ分からない事も多いのですが、この様な症状がある事を少しでも多くの方に知っていただけたらと思い、この文章を作成しました。

 

2010/4/18更新

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