輝く預言の言葉

(2017年3月26日)

ペトロの手紙二 1章16~19節

こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。 (1:19)

信仰というものは、育つものです。最初から強い信仰を持っている人など、ひとりもいません。主イエスは、0.1ミリほどの小さなからし種であっても、やがて鳥が巣を作るほどの大きな木に成長する、信仰とはそういうものだ、というたとえ話をされました。数年前に種から育てたからし種の苗木をいただき、大切に育てました。しかし、1メートルほどの大きさにまで育ったところで、枯れてしまいました。とても残念でした。成長の過程にある小さい苗木は、枯れやすいのです。

わたしたちの信仰も同じです。信仰がまだ十分に育っていないころは、十分なケアが必要なのです。信仰は一人ではなかなか育ちません。信仰は教会という信仰共同体の中で育つのです。それは、米作りの苗床のようなものです。いきなり大きな田に種を播いてもコメは育ちません。苗床に種を播き、芽を出させ、ある程度の大きさに成長したところで田植えをするのです。
時には、信仰を揺さぶる嵐が来ることもあります。愛する者の死は、信仰が育っていない者にとっては、かなりの信仰的な危機になることがあります。なぜ神はわたしの愛する人を奪うのか。神の愛、神の憐みに疑問を持ちたくなることもあります。このようなことも信仰の危機になることがあります。
信仰の成長に欠かせないことは、希望を持つことです。自分の信仰が成長するようにと、希望を持つことです。それから聖書を読み、祈ることです。信仰を成長させてくださるのは、神様だからです。そして、執り成しの祈りです。他の人の信仰の成長のために祈ってあげることです。そこに教会の意味と価値があるのです。