神の目、神の選び

(2017年1月 8日)

サムエル記上 16章1~13a節

しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。(16:7)

わたしたちは人生の中で、社会生活の中で、いろいろな判断を必要とする時があります。あまり深く考えずに判断する人もいれば、なかなか判断できず、あれこれと考えてやっと判断する人もいます。皆さんはどちらでしょうか。

人の目によさそうに見えるものを選んではいけない。サムエルの王選びで語られた神の言葉は、実は聖書に最初から書かれていることに気づきました。旧約聖書創世記に書かれたエデンの園の事件のことです。その中の木の実はどれを食べてもよいが、中央の木から実だけは食べてはいけないという神の命令をイブは破りました。人の目にその実はあまりにもおいしそうに映ったからです。

聖書は、神の言葉の書物です。わたしたちが神に従うように教えています。それはわたしたちが、神が見るようにものごとを見るということです。しかし聖書は同時に、人間が神の目のようにではなく、人間的な欲望によって見る存在であることを、エデンの園の事件から始まり、イスラエルの歴史を通して示しています。そのことによって、わたしたちの心は神から離れ、神に逆らう者にさえなってしまっています。そこからどのようにして抜け出し、神に従う者になることができるのか。人間的な欲望の目ではなく、神の目のように心で判断することができ切るようになるのか、神はわたしたちに課題を与えているのではないでしょうか。