JR九州 香椎駅

現在の香椎駅

現在のビルは鉄筋4階建て。「フレスタ香椎」がテナントで入っている。コンビニ、ミスド、飲食店、本屋、百均、洋品店、病院など等,充実している。2階の改札口から通路を経て、直接ホームに行くことができる。相対式ホーム1面1線、島式ホーム2面4線、計3面で5線のホームを有する。

 

 明治21年(1888)、博多港にドイツから貨物船が到着、機関車や客車の部品・レールが陸揚げされていた。九州鉄道会社の準備が着々と進んでいる。日本の鉄道の幕開けは、地方ごとに民間から始まっている。明治15年(1882)開通した新橋・横浜間はイギリス方式を採用。九州鉄道会社はドイツ方式を採用している。

歴史概要

●明治22年(1889)12月11日、博多・久留米(千歳川仮駅)間を九州で初めて鉄道が開通。

●明治23年(1890)9月28日、博多・赤間間が開業。この時の香椎駅(写真を探し出せていない)は小さな舎屋で駅と言うより停車場のイメージだったようだ。その後九州各地に線路が延伸していく。

●明治37年(1904)、博多湾鉄道(後に博多湾鉄道汽船)が現在の香椎線を開業する。

●明治40年(1907)、九州鉄道会社は国有化(帝国鉄道庁)となる。

●明治43年(1910)、八代駅の駅舎を解体移送し初代?香椎駅を完成させる。もとの香椎の建物材は古賀駅の駅舎に利用したとの記録もある。

昭和9年撮影  駅舎も前に停車している車もレトロ。この頃は未だソテツのロータリーが無い。

●大正10年(1921)、門司・鳥栖間の複線化が完了。

●昭和17年(1942)、博多湾鉄道汽船が西日本鉄道に合同合併、同社の糟谷線となる。2年後の昭和19年(1944)、戦時政策で国に買収され、国鉄香椎線となる。

●昭和17年(1942)、香椎駅・博多港駅間(現在の貨物線)が開業。

昭和23年  香椎駅発車時刻表     右側の広告:この頃 香椎温泉があった

●昭和36年(1961)、門司港・久留米間が電化された。

●昭和62年(1987)、国鉄分割民営化により九州旅客鉄道となる。

●昭和63年(1988)、2代目駅舎が完成。

●平成8年(1996)、現駅舎(3代目)が完成。

●平成15年(2003)、旧香椎操車場跡地に千早駅が開業。

●平成21年(2009)、ICカードSUGOCAの利用開始。

●平成23年(2011)、九州新幹線開業

 

● 香椎宮所蔵の香椎潟の絵。未だ香椎線が描かれていないので、明治37年の少し前の絵だと思われる。汽車が走っている少し先が現在の千早駅で、名島までは埋め立て前の潟の中を走っていた。千早駅の奥の松原が本来の舞松原(まいまつばら・神功皇后が朝鮮半島から帰国した時、村民が喜びの舞を踊った松原)である。その奥の丘を越えたところに、現在の舞松原駅(香椎線)がある。

  

 ●八代駅から移築した初代の香椎駅

 昭和30年代

 ●昭和36年の香椎駅、後ろが現在の1番ホーム。汽車は通称「86ハチロク」。日本が初めて量産した客車牽引用機関車。

 

 

現在の2番ホームから九産大方面を向く。入線してきた機関車はC59。

  昭和63年、2代目香椎駅。左奥に立花山が  望める。

 

 

 

九州管内 1日当たり駅ごと乗車人員の推移 (単位:人)

 

平成19年(2007)年度

 

平成24年(2012)年度

順位

駅名

乗車人員

 

順位

駅名

乗車人員

博多

98,653

 

博多

108,867

小倉

37,427

 

小倉

35,942

鹿児島中央

17,323

 

鹿児島中央

19,973

大分

16,877

 

大分

16,982

折尾

16,481

 

折尾

16,322

黒崎

15,953

 

黒崎

15,456

香椎

11,658

 

熊本

12,774

長崎

11,329

 

佐賀

11,949

佐賀

11,198

 

吉塚

11,775

10

福工大前

11,020

 

10

香椎

11,732

 

上記を見て分かるように、香椎駅は順位を落としている。この5年間の乗車人数は変わらないが、その前2002年度は16,944人であるから、5,000人強ほど減っている。これは2003年度の千早駅の開業、バスの利便性向上などの影響が考えられる。熊本は2007年度は10,364人で12位であった。2011年3月、九州新幹線が開業した。博多、鹿児島中央、熊本は新幹線効果に乗って、賑わい創りに成功している。熊本は「クマモン」の頑張りも大きい。

香椎地区は福岡市東部の副都心として土地区画整理事業がすすんでおり、定住人口の増は見込まれる。しかし町が生き生きして、商業・小売業を更に伸ばして行くには賑わい創りが必要だと考えます。今後は交流人口増加の計画策定とその推進も期待されます。香椎地区以外からの人達を呼び込むにはどうしたら良いのか、みんなで考えて行きましょう。古きものと新しきものを上手に共生させていくことがポイントだと考えます。香椎駅近辺をオールドタウン、千早駅近辺をニュータウンとして賑わい創りを整備していくのも考え方の一つです。

 

(うっちゃん  2013年8月)

写真使用:香椎宮・香椎駅・フォトスタジオアイノ・ウィキペディア

*昭和9年の香椎駅・昭和23年の時刻表は県立香椎高等学校同窓会「香綾会」が「香椎タウンヒストリー」に提供した写真です。管理人の柳瀬英昭氏の了解を得て転載。ありがとうございます。

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