達磨の武術

 

日本武術の源流としてのインド武術

 

伝説によると、中国の少林寺で禅の開祖となったボーディ・ダルマ(達磨大師)は、現タミルナードゥ州のカンチープラム出身とされ、彼が南インドで学んだタミル武術(カラリパヤットの源流)を禅と共に中国に伝え、それが中国武術の一大潮流になったといわれる。中国武術が沖縄に渡って唐手になり、それが本土に渡って空手になった歴史を考えれば、空手のルーツは遠くインドにその源を発する事になる。

空手以外の相撲や伝統柔術の場合はどうだろうか。定説では古代日本における『手乞い』にそのルーツが求められる。この手乞い、蹴り技や組技、投げ技を組み合わせた総合武術だったらしく、恐らくは優れた他の文化と共に大陸からもたらされたのだろう。そしてこの手乞いが日本の伝統武術として発展していくプロセスで、重要な働きをしたのがやはり中国人渡来者だった。

仏教伝来と共に日本がようやく文明国家としての体裁を整えていく過程で、多くの大陸人が日本に移入し様々な文化を伝え、その中に優れた武術が含まれていたことは想像に難くない。その中国武術の大きな源流がインド武術である以上、相撲や柔術などにも、中国経由でインド武術の血が流れている可能性は高い。

また、仏教伝来前後の古代日本には少なくないインド人僧が渡来し、その多くが南インド出身だと記録に残されている。これは当時南インドに仏教の中心が存在した事、また南インドから東南アジアを経由して東アジアにいたる安定した海上航路がすでに確立されていたため為で、現代から想像する以上に南インドと東アジア(日本)の交流は近くて深いものだったと思われる。

インドにおいては一般に出家した修行者と在家者の間にははっきりとした境界線が引かれており、出家者は俗事に関わる事はない。そして、出家の僧侶が旅に出る場合、在家の随行者が身辺の世話、警護のため同行する事が少なくなかった。とすれば、古代の日本に仏教僧と共に南インド武術家が随行者として渡来していた可能性も否定できない。また、達磨の例を見るまでもなく、僧侶自身が武術家であった可能性ももちろんある。中国人を経由してではなく、直接インド人によってインド武術が日本に伝播した可能性も、あながち妄想とは言えないだろう(余談だが、カラリパヤットで使われる巻き締め型のふんどしカッチャは、相撲のまわしと酷似している。しかもインドには六尺に相当するランゴーリという日常タイプのふんどしもある)。

ちなみに5世紀にグプタ朝によって創立された北インドのナーランダ仏教大学では、様々な専門履修過程の中に武術が含まれていたとする中国人留学僧の報告もある。仏教における武術が、すでにインドにおいて、出家が修行すべき聖行だった可能性も高い。

以上のような様々な状況証拠を積み重ねれば、空手だけではなく、柔術や相撲などの日本古来の伝統武術の源流としても、インド武術は決して無視することはできない存在として、今後クローズアップされていくだろう。

 

洗髄経の謎

 

今回、空手雑誌JKFanからインド武術についての原稿依頼があった。参考資料として編集部からバック・ナンバーを何冊かいただいて、その中に非常に興味深い記事があったので、ここでそれに触れたいと思う。それは20055月号の金城昭夫氏による『空手伝真録』第2回の記述だ。

『中国古代武術の日本伝来』から始まって、中国武術が歴史的にいかに日本の武術に影響を与えてきBodhidharmaYoshitoshi1887たかを詳述するのだが、『達磨大師と易筋経・洗髄経と羅漢18手』に至って、興味深く読み進めていた筆者の目線が釘付けになった。達磨大師が少林寺に禅を伝えた時、武術のトレーニング・システムも同時に伝え、それが今日まで経本や型として残っていると言う。

易筋経。調べて見ると英語ではMusle change classicという。訳せば、『筋肉(の質)を変える(為の)古典(的教え)になるだろうか。南インド出身の達磨さんが武術の達人であり、かつメディテーターとしても一流の修行者であった事を考えれば、それはヨガ・アサナもしくはメイパヤットやマルカムのような、動きのあるストレッチ系のエクササイズによって、筋肉の質をその根底から変えてしまう一連の方法論だったのではないだろうか。あるいは、インドでもすでに幻と言われているビャヤムVyayamと呼ばれる武術的エクササイズの可能性もある。それがやがて中国的に咀嚼、発展され、金城氏の言うように気功のシステムへと合流していったとしたら・・・

だが、問題は洗髄経だ。果たして、金城氏の言うような抽象的な身体の中心、さらには内臓の鍛錬をさすのだろうか。洗髄経は英語ではMarrow washing classicと表記される。さらにmarrow を辞書で見るとそのものずばり、『脊髄』と書いてあるではないか。脊髄を洗う。一体それは何を意味するのだろうか?

ここで筆者が思い至ったのが、カラリパヤットの根底に横たわるクンダリーニ・ヨーガの方法論だった。尾底骨周辺のムーラダーラ・チャクラに眠るクンダリーニ・シャクティが目覚めると、その稲妻のようなエネルギーの閃光は龍のように脊髄を駆け上がり、頭頂部のサハスラーラ・チャクラに至って爆発し全心身システムを革命的にリニューアルすると言う。このプロセスを、『脊髄を洗う』、と表現したとしたら・・・ さらに羅漢18手にいたってはメイパヤットの型本数と同じではないか!

どうやら、達磨伝説は単なる伝説では終わりそうにない。筆者の確信は日々深まり続けている。

 

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