|
インド棒術『バーラティア』に、ナタラージャの神楽舞を見た! インド棒術の回転技と、その歴史的背景 このページでは、インド棒術の中でも私が専門とする「回転技」について紹介しようと思う。 この回転技、各人の身長より若干短いくらいの棒を、その長さの中心でつかんでひたすら回転させていくという極めてシンプルなテクニックで、東・南インドを中心にインド全土で広く普及している。 分かりやすく言えば長大なバトンといったところだろうか。フィンガー・トリックもあるがあくまでもオプションで、軽く棒をつかんだ状態で手首の回転を使って棒を回していくのが基本となる。それ自体は攻防の技を含んではいないという点も、特徴のひとつだ。
また棒自体の動きも、あらゆる角度・方向から身体の表面をなめる様に移動していき、まるで棒を使って身体中をくまなくお祓いしている様にも見える。 その起源については諸説ある。カルカッタの西南、ベンガル湾に面したオリッサ州では、バナーティというロープを使った回転技が棒術と共に発達し、古代の戦場では、回転する鎖や棒によって雨霰と降り注ぐ矢を払ったと言われている。(上写真) 南インドのケララではワディ・ヴィーシャルと呼ばれ、象に代表される危険な野生動物を、回転するファイヤー・スティックによってコントロールする護身術としても、この棒術が用いられてきた。 東隣のタミルナードゥ州では、特にムスリムによってこのテクニックが高度に発達し、シランバムの名前で広く普及している。独特のフレキシブルな籐の棒を使ったその技は、しなる鞭のように回転が加速する眼にも止まらぬ棒捌きで、インド棒術の白眉と言っても言い過ぎではないだろう。 実はこのオリッサ→タミルナードゥ→ケララというルートは、北インドで生まれた原始仏教がマウリヤ朝のアショカ王によって南インドからスリランカへと伝えられたルートとも重なっている。そして一本の棒が 現在でもインド国旗の中央にはその法の車輪(法輪=ダルマ・チャクラ)の姿が象徴的に掲げられている。これはインドの国章にもなっているライオン・ヘッドから採られたデザインで、このライオン・ヘッドは、マウリヤ朝のアショカ王によってインド全土に建てられたアショカ石柱のひとつに由来する。 釈尊の死後およそ数百年、BC267年にマウリヤ朝を継承し第三代となったアショカ王は、その残忍な性格によって近隣諸王国はおろか、自国民にも蛇蝎のように恐れられていた。しかし、最大の戦いと その当時、ヒンドゥの神やヨガの行者などの像を作る習慣はインドにもすでに存在していたが、まだ仏像というものは存在していなかった。釈尊のあまりの偉大さに当時の仏教徒はその姿を人として表現する事を懼れ、釈尊を表現する場合はその遺骨を納めた仏舎利塔 インドにはヴェーダの昔から『転輪聖王』の思想がある。仏陀を車輪によって表象するのもここに由来するのだが、おそらくアショカ王は、そして近代インド独立の父達は、同じ転輪聖王のイメージを、自らにも重ねていたのではないだろうか。 さて、話を棒術に戻さなければならない。ここからは仮説なのだが、このアショカ王の時代に、昔からあった回転技の原型が仏教徒のエクササイズとして広くインド全土に普及・発展したのではないか、と私は考えている。 ひとつには、その回転する姿が回転する仏教の法輪、つまり釈尊自身を象徴する事。 ひとつには不殺生・非暴力を戒律とする仏教徒にとって、他者を傷つけることなく身を守る護身術として最適だった事。 もちろん、農山村部において非常に身近な棒という道具を使い、日常の労働作業や武術的な身体操作において、特に青少年の基礎的な身体作りのエクササイズとして抜群の効果を発揮したからなのは言うまでもない。 その後、残念ながらインドの大地からは仏教徒の息吹は途絶えた。けれどこの回転技だけは、優れた武術的エクササイズとして連綿と実践され続けた。 かくして、2000有余年が経過した今日でも、インド全土で人々は棒を回し続けている。最新の取材で訪れたオリッサ州では、ほとんど村や字単位で代々棒術の師範という家系が存在し、ごく普通の百姓のお爺たちが棒をクルクル回しながら農道を歩いていく姿を見て、驚かされたものだ。中国武術や沖縄の棒術などでも類似のテクニックは見受けられるが、純粋にただひたすら回し続ける事にこだわった、という点で、インド棒術ほど卓越した技はおそらく世界でも それほどに普及しているにも関わらず、実はこの回転技、全インドで共通する統一された名前というものがいまだにない。それぞれの地域がそれぞれの言葉(インドの州は言語州になっていて州が違えば言葉も違う)で主に棒の回転を意味する名前で呼んでおり、統一の仕様がないのだ。 私自身インド各地でこの技を学んできたので、私の技を単にバナーティとも呼べないし、シランバムともワディ・ヴィーシャルとも呼べない。そんな訳でここまで私は単に回転技と呼んでいたのだが、それではあまりに芸がなさ過ぎる。 そこで、この回転技を統一する呼称を創ることにした。 名づけて『BHARATIA STICK ART』、日本語では略してバーラティアと呼ぼうと思う。 わが国の名称が、自称であるNIHONやNIPPONと他称であるJAPANの二つあるように、インドにも二つの名前がある。外国人によって付けられた名前がインドやINDIA、ヒンディ語を中心に広くインド語に普遍的な呼称がBHARAT(バーラト)である。 BHARATIAはこのBHARATに、英語で「その地域・場所の」を意味するIAを合わせた、私の造語だ。インド思想の精華とも言える法輪を象徴し、インド武術の共通言語ともなっているこの回転技に、相応しい名前ではないだろうか。 そして、歴史的な仏教との深いつながり、さらに南インドを代表する武術僧侶・達磨禅師との縁にちなんで、サブ・タイトルを『ダルマ流棒術・転法輪』(英語ではDharma Chakra
Drive)と呼びたいと思う。 バーラティアの魅力 オールマイティなエクササイズ バーラティアには片手で一本の棒を握って回す型、両手で一本の棒を回す型、そして左右両手で一本ずつ棒を握って回す型など色々なバリエーションがある。 軽い棒を使ってリズミカルに長時間運動すれば、持久力をつけるエアロビ系の運動になるし、重い棒を使ってゆっくりと回せば全身の筋肉群が連動し、機械的ではないパワーをつける事ができる。回転が生み出す慣性と遠心力がランダムな運動負荷を生み出すため、軽い棒でも大きな抵抗を生み、臨機応変な汎応力を養うことができる。さらに肩甲骨から手首に至る柔軟性を高めるためのストレッチ系の効果も高いとくれば鬼に金棒だろう。
当然、剣道や杖道、フェンシング、器械系の中国武術など、あらゆる武器技の修行者にとって、また、野球のバットやテニスのラケットなど、道具を使うスポーツが武器技の遊技化だとすれば、それら全ての種目において、バーラティアは有効な基礎トレーニングになるだろう。 インドには『武器技は手の延長』という言葉があるが、裏を返せば、優れた武器技のためのエクササイズは、同時に優れた徒手技のためのエクササイズにもなりうる。また、回転する棒を仮想敵に見立てた捌きや入り身のステップは、様々な格闘技のシミュレーションとしても有効だろう。全てのボクサーにとって縄跳びが必須であるように、全ての格闘家・武道家にとって極めて有効なエクササイズとして、自信を持ってバーラティアを推奨していきたい。 また、バーラティアはその特性上特に上半身の関節・筋肉をありとあらゆる方向に動かし、負荷を与える。アスリートの多くが、あまりにも身体を特殊化しすぎることによって全身体的なバランスを失い競技力が低下する、という問題に直面している今日、バーラティアによるバランス回復、コンディショニングの効果も見逃せないだろう。特に成長期にある子供達には、是非バーラティアを実践してバランスの取れた身体作りに役立てて欲しい。 もちろん、一般の方の健康法としても優れているのは言うまでもない。太極拳のように緩やかに舞う事もできれば、ロックのリズムに合わせて激しく踊ることもできる。老若男女誰もが、自分のバーラティアを作っていけるだろう。 盲人のエクササイズとしてのバーラティア また、バーラティアの持っているもう一つの可能性として、私は視力に障害のある方々のエクササイズというものを考えている。
だとしたら、視力を失ったがゆえに発達している盲人の鋭い触覚がバーラティアを実践するメリットは極めて大きい。近年、マラソンや水泳、空手の型などにも盲人の参加が見られ、それ自体非常に喜ばしく、関係者の皆様の努力には頭が下がらずにはいないのだが、バーラティアの場合、盲人がその障害を最大限のメリットとして運動できる、という点で、それらとは一線を画している。 日ごろ運動不足になりがちな盲人にとっての格好のエクササイズであると同時に、もしも舞台の上で晴眼者以上に華麗なパフォーマンスを演じる事ができたとすれば、それは彼らにとって大きな自信となるに違いない。 バーラティアは、現代における座頭市を養成する可能性を、秘めていると言えるだろう。 そして神楽舞としてのバーラティア インドには、有名なナタラージャと呼ばれる踊るシバ神像がある。宇宙の創造と破壊を司るシバ神が、その霊的な舞踏の最中に宇宙と一体化する姿を現したもので、コスミック・ダンサーとも呼ばれる。
単なるエクササイズの枠に収まらない、バーラティアの持っているそんな魅力が、インド全土にこの技を普及させたもうひとつの大きな理由だったのかも知れない。 5つの基本テクニックをベースに、様々な上級テクニック&ステップを組み合わせる事によって、バーラティアは力強い動的なエクササイズとして完成される。 と同時に、見て楽しく見せて楽しい、躍動する『神楽舞』へと、昇華していくのだ。 *(この文章はJKFan07年11月号に掲載された記事に加筆したものです) |
![]()
Home © 2007 Sangam Institute of Indian Martial Arts. All rights reserved. Next