浮世絵 歌川広重
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 歌川広重 

 歌川広重(うたがわひろしげ)は寛政9年(1797)江戸定火消同心安藤源右衛門の長男として八代洲河岸の定火消屋敷で生まれる。幼名を徳太郎といった。幕臣ではあるが身分は高くなく、生活が豊かであったとは思えない。父の源右衛門は津軽藩の小姓頭・田中家の出身で安藤家の養子となった人である。
 広重は文化6年(1809)に母を亡くし、数え13歳で元服し重右衛門と改名し、父の隠居に伴い火消同心職を継ぐ。その年に父も亡くなる。小禄の身であり、もともと絵心があったたこともあり(絵で家計を助ける目的で)文化8年(1811)に歌川豊広の門に入る。翌年には師の一字をもらい「広重」を画名にする。現在広重の作品として最も古いものは文政元年(1818)の役者絵とされる。習作期の浮世絵師の常として役者絵のほか美人画や武者絵、その他に狂歌本や合巻の挿絵などを描いている。浮世絵師として順調なスタートといえる。
 文政6年(1823)に安藤家の本家筋である養祖父方の嫡子・仲次郎に家督を譲り、重右衛門から鉄蔵に改名する。ただし仲次郎はまだ八歳であったため引き続き火消同心職は代番として勤めた。
 文政11年(1828)師の豊広が亡くなり、以降広重は風景画を中心とした作画に専念する。広重の代表作の一つで、出世の糸口となったのは天保2年(1831)ころに刊行された「東都名所」と題した横大判10枚のシリーズ。天保3年(1832)には仲次郎が元服したので正式に火消同心職を譲り、絵師として一本立ちする。天保4年(1833)に保永堂から刊行された東海道五十三次は大ヒットとなり、名所絵(風景画)浮世絵師としての地位を不動のものにする。
 嘉永年間(1848〜1854)以降、広重の晩年期は風景を描くには不向きとされる縦構図の作品を数多く描いている。むしろそれに拘っている。浮世絵研究者によれば「縦構図の絵は近景にあるものを大きく描き、風景に奥行き、広がりをもたらす空間を作り上げている」という。元々西洋画の遠近法を取り入れた技法であるが「それよりもよりクローズアップされて配置された近景の事物は、西洋の画家にオリエンタルな作風として高い評価を受けることになった」という。「広重の絵を見る者の視点はまず近景に、そして次第に奥へと導かれ、同時に風景の奥行だけでなく、そこに至る時間的な奥行きも感じ取る」
 安政5年(1858)広重は62歳の生涯を終える。死因はコレラであったと伝えられる。
 

作品のタイトルに付した「浮世絵」「絵本」は分類のために便宜上つけた符号です。「浮世絵」は主として一枚物の摺りもので、連続絵、シリーズものを含みます。「絵本」は絵入本、狂歌本、狂言本、その他 book形式のものすべてを含みます。  

 浮世絵 魚尽し  出版年 天保3年(1832)  版元 永寿堂 

 浮世絵 東海道五十三次  出版年 天保年間(1830〜1844)  版元 喜鶴堂
 保永堂版を出版する前に描いた東海道風景。スケッチのような絵だが、当時の旅行者の様子がよく分る。 

 浮世絵 東海道五十三次  出版年 天保4年(1833)〜天保6年(1835)  版元 保永堂  
 東海道を描いた浮世絵はほかにもありますが、これが広重の代表作。少々画質は悪いですが雰囲気は十分に伝わります。

 浮世絵 五十三次図会  出版年 嘉永年間(1848〜1854) 版元
 縦型の用紙に描いた東海道の風景。 

 浮世絵 源氏五十四帖  出版年 嘉永5年(1852)
 源氏54帖のうち「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」の5枚を掲載 

 浮世絵 箱根七湯図会   出版年 嘉永5年(1852)  版元 佐野喜 

 浮世絵 六十余州名所図1  出版年 嘉永6年(1853)  版元 越村屋
 全70枚のうち前半35枚を掲載。  

 浮世絵 六十余州名所図2  出版年 嘉永6年(1853)  版元 越村屋
 全70枚のうち後半35枚を掲載。  

 浮世絵 当盛六花撰十花撰  出版年 安政1年(1854)  版元 錦昇堂
 豊国(三代目)が人物を、広重が背景の花の絵を描く 

 浮世絵 猿若町三芝居図  出版年 安政1年(1854)  版元 井筒屋 

 浮世絵 五十三次名所図会  出版年 安政2年(1855)  版元
 縦型の用紙に描いた東海道の風景 

 浮世絵 江戸名所百景1  出版年 安政3年(1856)  版元 魚屋栄吉
 全120枚のうち前半60枚を掲載。  

 浮世絵 江戸名所百景2  出版年 安政3年(1856)  版元 魚屋栄吉
 全120枚のうち後半60枚を掲載。  

 浮世絵 諸国六玉川  出版年  版元 

 浮世絵 山海見立相撲  出版年 安政5年(1858)  版元 山田屋 

 浮世絵 富士三十六景  出版年 安政6年(1859)
 富士を描いた浮世絵では北斎の富獄36景が最も有名ですが、これも構図に独自性があり、縦長の用紙に風景画を描くことにこだわった広重の傑作です。広重の死の1年後に出版された。  

 浮世絵 花鳥錦絵  出版年  版元  
 柱絵30枚を掲載。

 浮世絵 近江八景  出版年  版元 



 絵本 習作・素描集 1  

 絵本 習作・素描集 2  東海道の風景スケッチ。 



 絵本 往昔舌切雀 

 絵:歌川広重
 作:夷福山人
 出版年  版元
 赤本と呼ばれた子供向け草紙 

 絵本 桃太郎宝蔵入 

 絵:歌川広重
 作:夷福山人
 出版年  版元
 赤本と呼ばれた子供向き草紙 



 絵本 音曲情糸道 

 絵:歌川広重
 作:東里山人
 出版年 文政3年(1820)  版元 岩戸屋喜三郎 

 絵本 出謗題無知哉論

 絵:歌川国直・歌川広重・溪斎英泉
 作:東里山人 
 出版年 文政1年(1818)〜  版元 岩戸屋喜三郎
 全三部作。第一部(文政1年・1818刊)国直が挿絵。第二部(文政5年・1822刊)広重が挿絵。第三部(文政8年・1825刊)溪斎英泉が挿絵を描く 

 絵本 宝船桂帆柱 

 絵:歌川広重
 作:十返舎一九
 出版年 文政10年(1827)  版元岩戸屋喜三郎 

 絵本 酒落口乃種本 

 絵:歌川広重
 作:
 出版年 文政10年(1827)  版元 
 人物を鳥羽絵風タッチで描く  

 絵本 江戸近郊名勝一覧 

 絵:歌川広重
 作:松亭金水
 出版年 弘化4年(1847)  版元三河屋善兵衛
 掲載本は安政5年(1858)の再版本 

 絵本 東海道風景図会 

 絵:歌川広重
 出版年 嘉永4年(1851)  版元 錦昇堂 

 絵本 江戸土産 

 絵:歌川広重
 作:(解説)松亭金水
 出版年  版元 菊屋幸三郎 他
 全10巻 

 絵本 東都花日千両 1

 絵:歌川広重
 作: 
 「江戸の祭り・風俗」のページに掲載
 出版年  版元
 狂歌本 全3部作で、第1部の日本橋の風景を広重が描く。第2部の郭の風景を国芳が、第三部の芝居の風景を三代豊国が描く。 

 絵本 養生手引草 

 絵:歌川広重
 作:山東京山
 「山東京山」のページに掲載
 出版年 安永5年(1858) 


 巻物 江戸の華 

 絵:歌川広重
 「江戸の祭り・風俗」のページに掲載
 広重の落款のある絵巻物。火事場の様子がリアルに描かれている。 

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